台詞の空行

高校三年生

15. 花祭り

 なんだかんだと繰り返される付き合いは、頻繁と言うほどではないが口実があれば成される程度のものだ。だからこそ照信は口実をなんとか見つけてくるので、ここまでくると亜樹ですら感心してしまうものがある。

 元々亜樹はイベントがあることを聞いて覚える程度はしても、アンテナが高い方ではない。それなりにアンテナが高い涼香は照信の話題を知っているようだが、それでも自分から行こうと考えて動くものはある程度偏っている。

 照信はというと、とにかく思いついたらというようなフットワークで誘い、断られても笑い、こうして出掛けた先では非常に楽しげに満喫している。

 本当に、涼香のことが好きなのだろう。そのくせそれ以上にならないのがやや不可思議で、しかし疑問であり続けるには足りない。涼香の言う「日野だから」がすべてな気もするし、それについて深く考えることは亜樹にとってあまり好ましいものでもなかった。

「桜だけじゃないんだね」

「そ。バザーもあるしお手軽花祭りって感じ。悪くないでしょ!」

 涼香の言葉に照信が楽しげに答える。なんでお前が得意げなんだよ、という西之の静かなつっこみは聞き流して涼香の隣を歩く照信は、相も変わらず楽しげだ。涼香も、やや呆れながらもやはり楽しそうにしている。

 桜が終わった五月の上旬。少し山の方に足を伸ばし訪れた花祭りは、よくある桜の花見よりも人が少なく、それでもにぎやかだ。どこかに同学の人もいるかもしれないが、数自体は少ないだろう。実際、今のところ遭遇はしていない。

 バスに乗って訪れた場所は涼香にとっても新鮮で、亜樹にとってはそれだけで価値があると言える。照信の行動力は亜樹にないものだから、ある一面では悪いものではないのも認めるしかない。

 友達としては最高なんだけれどね、とため息を零した涼香が憂鬱そうなら亜樹が勝手に動くことはあるのだが、まあそれでいいみたいだからいいけどと結局笑うので、そのまま、となる。

「食べる?」

「え、ああ、いいです」

 歩調を緩めた西之の問いに、亜樹は反射で答えた。差し出された紙コップに入っているのはサツマイモを揚げて砂糖をまぶしたもので、出店などではそこそこ見かける率の多いものだ。

 反射で答えたといっても別に好き嫌いがあるわけではないのだが、亜樹自身はどうにもこういった場所でなにか選ぶということが得意ではない。食べたい、という感覚がないから余計かもしれず、興を冷まさないようにしているだけしかないのが現状だ。

 断ったことが一般的に良いのか悪いのかわからなかったが、西之は特に気にした様子も見せずに頷いた。

「そ。はぐれるとめんどそうだけど集合場所決めてるし、あんま気にせず自由にするといいよ。多少離れても光介目立つし」

 それは朽木さんと一緒にいることが前提となるのでは、と思ったものの実際今隣にいるのは光介なので亜樹は曖昧に笑った。そもそもなんだかんだ亜樹自身目敏いし、涼香を見失う可能性は低いのだが。それは結局西之が気遣っている店を見て回る行為をしないという宣言のようにもなるので、言葉にして答えはしない。

 代わりに、隣の光介を見上げる。

「朽木さんも見たい物があれば」

 こく、と光介は頷くが、歩調を変える様子はない。それどころか「光介は自由にしてるから大丈夫大丈夫」などと西之の謎の太鼓判が入り、亜樹はやはり合わせるように笑うだけだ。とりあえず後ろを歩くだけの亜樹と同じように歩いているのだから自由もなにも無いだろうに、と言うのは亜樹自身の首を絞めることになる。

「ああでも、飲み物くらいは飲んどく? あっち喫茶店の出張店あるんだって」

 ふらりと歩を早めた西之がふと思い出したように歩を止めて尋ねた。あっち、と示された箇所はフリーマーケットが開かれている芝生の手前だ。

 喫茶店、との言葉に亜樹が光介を見ると、静かな瞳とかち合う。

「……行きます?」

「緑静は」

 とりあえずという体で光介に尋ねると、静かに返される。人に気を使うなと言っていた割に優先順位がおかしいのではないだろうか、という亜樹の内心は微苦笑に留められた。

「僕はどちらでも。皆さんが行くようでしたら行きます」

「興味はある」

 光介の言葉は予想通りといえるだろう。先日の件からもわかりやすいもので、案の定西之もだよね、と頷いた。

「まあ元々見に行くだろうから順序変わるってだけだけど、先にあったかいもんでもつめたいもんでも飲も」

 目を普段よりさらに細めてにっと笑うと、西之は照信達の間に入り込んだ。両方に尋ねるという意味で自然だろうが、亜樹ならば涼香の隣、おそらく光介は照信の隣を選ぶのであの自然な体運びは感心する物がある。別に照信の隣にこだわらない涼香だけでなく、涼香の隣を選んでいる照信も気にした様子を見せずに会話を成すのは親しさ故なのだろうか。

 ああいう姿を見る度、時折亜樹は照信がわからなくなる。いや、元々照信のことをわかるつもりはないのだが、恋慕の情を持っているにしてはあまりにあっさりで、それなのに言葉は重ねるから不可思議だ。

 ほんの少しの息苦しさに、亜樹は思考を止める。亜樹が涼香の迷惑かどうかを考えると決めていても、涼香に向けられる思いを計る立場ではない。理解しなくとも、涼香の為に動けるはずだ。

「どうしたの?」

 西之が二人の間から引こうとするのを遮るように、涼香が歩調を緩めて亜樹のそばに来た。亜樹が不思議そうに尋ねると、んー、と特別な色のない声が返る。

「あっちの店、普段店舗構えているところからの出張がたまってるみたいで。亜樹どれがいいのかなって」

 さほど移動に距離がないものの相談に来てくれたようで、亜樹は目を細めた。涼香の気遣いは亜樹にとって好ましく、気安さも心地よい。

 ちら、と光介は亜樹と涼香を見たが、亜樹と目が合うと軽く頷いて涼香と逆に歩調を早めた。光介なりの気遣いなのだろう。

「飲み物は三店舗だね。果物そのまま絞るジュースと、コーヒーと、抹茶」

「抹茶? さっきあったのとは別?」

 長椅子に赤い布を敷いて中心には大きな和傘を置いた抹茶所は別所にあった。着物の若い男女が店員として働く様は見栄えがよく目に入ったので覚えている。あれは大学サークルが伝統的に出店しているらしいと聞いたので、店舗という基準には当てはまらないはずだ。

「さっきとは別。お茶メインに扱った喫茶所ってやつらしいよ。抹茶コーナーあるからか、本格抹茶は無いっぽい」

「ふぅん。涼香は決まってる?」

「見て決めるつもりだけど、今のところ候補は。亜樹は?」

 面倒くさがって真似しがちな亜樹を思いやってのことだろう。答えずに聞き返した涼香に、亜樹は笑った。なによ、という声は亜樹が笑った意味を察しているだろうもので、どこか呆れたような色がある。

 涼香の性格で言うなら物珍しさから喫茶所だろうか。人影はどれもまばらで、コーヒーが香る。匂いで言うとお茶やジュースより風に運ばれやすいからそんなものだろう。

「僕はコーヒーで良いかな」

「……最近多いね」

「とりあえずで選びやすいなぁってところはある」

 涼香の言葉に、亜樹は眉を下げて答えた。ふぅん、と頷く涼香が「ブーム?」と聞くので、微苦笑をこぼしてしまう。

 確かにブームと言っていいようなものかもしれないが、基本的に亜樹の基準は惰性だ。そこに、ひとつだけ意味が増えたものがあれば、当然そちらばかりにもなる。

「よくわからないから、試しちゃうのかも。嫌いじゃないし」

「嫌いじゃないねぇ」

 ふふ、と涼香が笑ったので首を傾げる。いい傾向だよ、なんて返されてしまえばとりあえず亜樹は笑うしかない。出掛けた先なので物珍しさを選んで涼香と同じにしようかという気持ちはつい湧くのだが、いい傾向、と言うのなら多少は別の物を選んだ方が涼香にとってよいことなのだろう。ある意味よかったと言うべきか。

 一緒の物を飲みたいと言えばきっとそれも楽しんでくれるのかもしれないが、違うことを喜んでくれるのなら惰性で選ぶにしても選択肢を増やすことは大事だろう。亜樹の意志は基本的にまあいいか、で成り立つものの、どこか楽しそうな涼香を見ると流石にこれまでの惰性を反省しなくもない。まあ、結局ある程度は雑なのだが。

「私は抹茶入り緑茶かなー。土田は決まったのー?」

 日野、と聞かなかったのは先に話していたからだろうか。決まったの、という言葉で西之が悩んでいたことを理解する。さくさく歩く涼香に歩調を合わせて五人で固まるのに併せて、西之が手にしていた案内図をひらひらと掲げた。

「んー? 俺キウイジュース。種がじょりじょりしてそー」

「おいしそうに聞こえない……」

 西之の言葉に涼香が苦笑う。確かにそのものを絞るなら種部分が目立つだろうと亜樹は納得したが、言葉選びが微妙なことに照信も頷く。んーと西之は考えるようにした後、ああ、と手を打った。

「なら、じゃりじゃりか」

「砂っぽくね?」

「じゃりかじょりか飲んでから決める」

「言い方ァ」

 そこまで短くすると流石に意味合いが変わって聞こえる。指摘する照信に気にした様子はないので、西之にとってはさほど問題がないのだろう。涼香は苦笑したままだが楽しそうなので、亜樹にとっても問題ない。

「朽木は?」

「……コーヒー」

「だよね。亜樹とおんなじ。日野と土田がジュースの方だし、なんか食べたいものある? ついでに買うよ」

 店舗の少し前までくれば、名前だけでなく実際の食べ物も見て取れる。ジュースはそちら専門だが喫茶の二つは軽食や菓子が一緒に売られているので、確かについでに買った方が楽だろう。

「和菓子? 麩菓子? わかんないけど鈴菓子面白そう」

「んじゃあ土田はそれね。他は?」

「俺ラスクがいいから光介頼むー」

「あ、私もラスク食べたい」

「! 分けるよ!!」

 楽しげに物が決まっていく様を見守りながら亜樹は小さく息を吐いた。やはり、なにか特別食べたいという感覚はない。ただ持ち帰りしやすい袋タイプのものばかりなので、分配には丁度いいだろう。

「じゃあ僕は花衣っての頼みたいけど、物大丈夫?」

 話に乗りはしたものの、袋タイプとはいえかさばるだろう。亜樹が尋ねると、案の定涼香は少し眉間にしわを寄せた。

「ん、あー、ラスク分けてもらえるならこっちで私も買おうと思ったし微妙かも」

「こっちジュースだけだし照信そっち手伝えば?」

「おうおう手伝う手伝う」

 頼んだ西之! と言ってすぐ涼香の隣に並ぶので照信はわかりやすい。すぐに照信に振るあたり西之も手慣れたものだ。亜樹自身さすがに光介に任せるにもどうだろうか、と思いはするが、それでも涼香をと思いはするのにさくさくと決まってしまえば口を挟む暇もない。