いきゆくひと
* * *
ひとまず、探偵山田太郎の話はこれでおしまいだ。これらは君が望んだ結末とは違ったのかもしれない。けれどもそれでいい。君だけで決めようとしたことよりも、今の方が君に似合って見える。
探偵、山田太郎がした決意は、結局どこまで完遂されたのか。なにもかもがすべてうまく行くようなことはなかった。山田太郎は切り捨てたし、なにより普通の人間でしかなかったからだ。だからそう、考えてみれば解決にいたりきりはしないだろう。
新山叶子の腹の中は未だに異界に繋がっている。新山叶子が呼ばなければ来ないといっても、塞がったわけではないのだ。神と言うべきか化け物というべきか、その異形が動くことを人ごときがどうともできるはずなどない。ただたかだか一つの通り道に、信者もいないのにこだわるかは不明だが――山田太郎が殺人を決意したとおり、その道を塞ぐには彼女を殺すしか無く、生きている以上次元違いである異形の気まぐれがないことを祈るしかない。
さらに言えば彼女は使われていた側とは言え殺人を犯した。今は理解しない彼女が満ちて理解したとき、彼女を裁くのは彼女だろう。――それを止めるのも彼女で、周りは選ばせないためにも存在するのだけれども。山田太郎の決断を彼女が渇望する日が来ないといい、としか言いようがない。
赤月秋はその小さな体で孤独を抱える。母の罪、自身の足りなさ。隙間を埋めるように人が関わり彼が前を向くしかない現実。彼の世界は変わらない。死んだ人間が生き返ることなど無いのだから。
ひとつひとつ上げていくとキリがないくらい、世界は結局変わらないままだ。ただ決着だけがついた。繰り返さない為の決着だけが。罪は罪のまま、相変わらずそこにある。
だから君は険しい顔を時折するのだろう。君の後悔や懺悔は言葉になりきらず、それでも君の腹の中に存在する。人が世界を変えるなんて、そんな大仰なことどこまで出来るというのか。仕方ないというには苦しく、それでも結末は訪れた。
そう、それでもなのだ。探偵、山田太郎が終えなかったことによる苦しみは存在しても、同時に終えなかった故に続くものがある。たとえ終えたところで世界は変わらないのだから、続けてしまえばいいのだ。
山田太郎が選ばなかったことで横須賀一は今笑っている。横須賀一が語ることで新山叶子は目を輝かせている。赤月秋は山田太郎から母を聞き、自分の足で歩き鼓動を感じている。その場所が途絶えたところで、他の人間たちが途絶えることなど無い。けれどもその場所が生きたところで、他の人間たちが途絶えることも無いのだ。
だからそう、せっかくなら君は今を楽しめばいい。人は世界をさほど変えられないが、ひとりひとりが世界を心地よくみることは出来るのだから。
大丈夫。彼らが語るその言葉は、未来の為に存在している。君は君の後悔を抱えるが、人の後悔を抱えられない。君は君の喜びを、人と共有する事が出来る。
大丈夫。君は今、笑っている。
いきなさい、不器用な子。
世界は道理と理不尽と愛と憎悪、優しさと厳しさと身勝手と思いやり、自由と制限で出来ている。君の手のひらの水は世界にはほとんど無いようなものだが、一人の手のひらにある小さな苗を潤すには心地よいはずだ。君はそんな世界の中で、小さな芽がきらめく喜びを見つめることが出来る人だろう。
この言葉は、君にとっては記憶の僕からもたらされる君だけに都合のよい言葉でしかないかもしれない。ただの夢だと君は思うだろう。そう、ただの夢だ。それでいい。死者はなにも語らない。未来があるのは君たちなんだ。
君はこの言葉を忘れていい。振り返らなくていい。後ろばかり見ていては変わらぬ景色は退屈だ。先ばかり見据えすぎては見えないものが多すぎる。君は君の生きる今とほんの少しの過去と未来を見るといい。疲れたときに遠くを見て、目を休めるくらいで良いんだ。
探偵、山田太郎の話はこれでおしまいだ。これから先は、今度こそ探偵山田太郎と記録者横須賀一の物語になるだろう。君は過去よりも隣を見る方が似合っているから。
さあ、いきなさい。君の帰る場所はそこにある。進む先も、そこにある。
大丈夫、世界は貴方が思うより広く、貴方が憂うよりも近いはずだ。
ありがとう、いとしいひと。
おかえりなさい。
(「探偵 山田太郎と記録者 横須賀一の物語」 完結)
(リメイク公開:)