さいかい
「山田さん、まとめました」
「おう、サンキュ」
横須賀が渡したファイルを受け取ると、山田は手に取って一度中を確認した。ぱらぱらとめくれる紙には付箋がついており、時折山田はそこで手を止め一瞥し、また先に進む。ほとんど流し見るような所作でめくられるA4用紙は、山田の小さな手の中であっさり閉じられた。
「問題ないな。昼休憩入って良いぞ」
「はい、お先に頂戴します」
山田の言葉を受けて横須賀は頭を下げる。最近用意してもらった机はあくまで仕事用のものだが、人が来る予定がない現在はそのまま食べていいことになっている。以前は客用の机でだったので、だいぶ気楽になったといえるだろう。
給湯室でお茶を煎れる。基本的に水筒を常備しているのだが、お昼は煎れさせてもらうようになった。理由は単純で、山田が飲み物を増やしたからだ。
昼を一緒に食べるのもあり増えた飲み物は、相変わらず水筒を使う横須賀に山田が促す形で横須賀も使うようになった。お茶よりも自分の湯飲みが置かれていることが横須賀の喜びになっていることを山田は知らないだろう。客用とは別の二つのコップは、横須賀にとって少しだけ幸福の形でもあった。
これまで水だけだったのに飲み物に変化が出たのは太宰桐悟が関わった事件以降で、理由もそれに起因しているようだった。そもそもこれまで無かったのは手洗いが近くなると落ち着かないということと、山田自身食事を人前でとることを好まなかったから、らしい。
山田の言葉を聞き、さらに一緒に食事をする姿を見て横須賀も理解したが基本的に山田は一口が小さい。そして食事中には決して口を開かない。どうしても誰かと食べるときには一口が小さくても問題ないようなものや流し込めるものを選ぶし、手洗いも男女共用だったりする場所を選ぶとのことだった。これまでの昼食が簡易携帯食だった理由を知って納得している横須賀に、まあそこまで隠す必要なくなったからな、と山田はあっさり言ってのけた。
緑茶と、電子レンジと、コップと。いくつか増えたものはこれまで隙間無くありつづけた山田の少しだけ変わった今のようで、特に意味もなく横須賀は目を細める。急須はこの後山田が使うだろうからそのままにして、弁当とお茶を持って机に戻った。山田はリンのところから依頼された書類を見てペンを走らせているが、もう暫くしたらおそらく終わるだろう。
山田の仕事は相変わらず探偵ではあるが、これまでのようにあの異様な事件を探してやっきになる必要はなくなった。といっても今まで受注しなかったような仕事がすぐに舞い込むものでもないので、今は依頼を待ちながらこれまでの事件の整理と太宰コーポレーションから受ける下請けが多くなっている。
山田がこれまで危険だからと残したがらなかった物事の客観的整理は山田にしかできないが、太宰コーポレーションから受ける下請けは外部に出せる書類なのでそこまで複雑ではない。これまでの事件の慌ただしさから一転穏やかにも感じられる時間に、横須賀は少しずつ山田を知っていく。
「いただきます」
「おう」
書類を見ながらでも山田は挨拶に必ず短い言葉を返す。それに笑みを浮かべて、横須賀は箸を進めた。あまり普段の食事を楽しむタイプではないのだが、こうして返る言葉は貴重で有り難い。
とん、とん。紙が揃う音に顔を上げると、山田が少し背筋を伸ばしたところだった。ペンを置いたので一段落したのだろう。ふ、と吐き出される息と一緒に山田が横須賀をみる。
その眉間に皺が寄る。
(?)
きょと、と横須賀が不思議そうに瞬いた。す、とそらされた顔に首を傾げる。ややあって、「あー……」と山田にしては珍しい声が漏れた。
「どうしました?」
「仕事じゃねぇんだが」
短い前置き。こく、と横須賀が頷くと、山田は自身の左手の甲の上でとんとんとんと指先を使ってリズムをとる。
「今度、休みに墓参りに行こうと思ってる」
「はい」
墓参り、との言葉に横須賀は神妙に頷いて箸を一度置いた。事件が解決したら行こうと思うと言っていたが整理に時間がかかったのだろう。今は随分と余裕ができたとも言えるし、納得する。同時に、聞いた過去の事件を思い起こして身が詰まりもした。
す、と山田が横須賀に向き直る。
「太宰さん達が墓は管理してくれていたからそこまで汚れちゃいないだろうが、随分行ってなくてな。……墓掃除に手が欲しい。横須賀さんが暇なら付き合って欲しいんだが」
「あ、はい。使ってください」
山田の言葉に、横須賀は笑って頷いた。――が、山田の眉間に皺が寄る。
「仕事じゃねぇから強制じゃねぇぞ」
「はい。使って……あ」
そこではたりと横須賀が言葉を止めた。続きかけた言葉を口の中に沈めて、へにゃりとその双眸の鋭さを感じさせない溶けるような穏やかさで笑う。
「お付き合いします。お手伝い、させてください」
「おう、よろしくな」
横須賀の言葉を受けて、山田は眉間の皺をゆるめて笑い返した。