台詞の空行

なりゆくひと

「あ、おばちゃん。先生にみてもらうの? 叶子はねぇ、まってるの。あれ、まってる? まってる、うん、ちがった、みてるの。

 おばちゃんはもうあんまりこなくていい、うん、おぼえてる。今日は報告なの? がんばってね。

 叶子? 叶子はねえ、いろいろみるの。叶子の頭の中はね、たりないんだって。ううん、病気じゃないよ。たりないの。

 おとうさんがいたとき、叶子の頭の中はもやもやしていたの。私は私、がじょうずにできなかったの。なんだかね、おとうさんがずーんてすると、いろんなことがぐにゃーってして、ぐるーってしたの。おぼえるの、じゃなくて、わからなかったの。中にはいっても、そのままぐるうでおわって、だから叶子の中にはいないの。それを、ちょっとずつふやそーって先生にいわれたの。

 叶子は叶子なんだけど、叶子の私をみつけられるようにするんだって。それにはいろんなものがいるんだって。なんでだろ、叶子の中に私がいるなら、私はほかのものでうもれちゃいそうなのに。でも、先生はいっぱいあるから私ができる、っていっていたの。私はね、たくさんのちがう私じゃないものでできるんだって。だから叶子がわるいこでも、ふれるものがひつようなんだって。叶子のことはほかのひとがみているから、っていったけど、ないないなの。どこからみてるのかな? いつもみているのかな。かみさまと一緒かな。

 おばちゃんはおばちゃんのかみさまどうしたの? いらないっていってたね。かみさまにひどいことしない? そうかぁ。だからおばちゃんはお外にいてもいいのかな。でもかみさまがいることがだめなんじゃないんだって。むずかしいね。叶子にはむずかしい。

 叶子の中のかみさまは私にはなんにもできないの。かみさまがでたいよーっていったら私はげーげーしちゃうの。でもかみさま、よばないとなにがあるかわからないからでないかなぁって。ごはんがほしいかみさまなの。ほしいものがあるとでてくるの。でも、かみさまは叶子いがいにもいるからへいきなのかな、だって。むずかしいね。

 叶子は、ほんとはかみさまのところにいきたかったの。叶子、おとーさんないないしちゃった。おとーさんはいいこいいこしてくれない。叶子はおとーさんがよかったの。でもむりだったから、おとーさんはかみさまの中にいっちゃったから。そしたら一緒にいられるかなっておもったの。……でも、叶子はだめだった。

 ほんとうはだめじゃなかったとおもうけど、でもね、私、さみしかったの。おにいちゃんはみつけてくれたの。いいこいいこ、してくれた。おにいちゃんのいちばんは叶子じゃなくて、おにいちゃんはだれのでもなかった。叶子も、だれのでもないんだって。……ちょっとむずかしかった。

 よくわかんなかったけど、おにいちゃんが叶子をつれていってくれたらよかったな、っておもうの。おにいちゃんいたいいたいするからね、叶子にひどいことしたら、もっといたいいたいになっちゃうけど――私のこと、ずっとずっとかんがえてくれるかなぁっておもったの。私はどこにもいなかったから。おとーさんはずっと叶える子だけほしがったから。おにいちゃんは、私をみつけてくれたから。でも、そうはならなかったの。

 むずかしいけれど、叶子の中にいろいろいれたら、もっとわかるのかなっておもうの。私がもっとできたら、おにいちゃんのいってたこと、いたいこと、わかるかな。ふしぎなのおにいちゃん。へんなの。うん。

 おばちゃんもへんね。いたいいたい。おにいちゃんだけじゃなかったのかな? ふえるってことなのかな。

 叶子はだいじょうぶ。いいこじゃなくていいの。ハジメおにーちゃんがそういったから、だいじょうぶ。

 ……おばちゃんよばれたね。……ううん、ばいばい。おひげのおじちゃんとなかよしなかよししてね」

 * * *

「え、と。こんにちは。調子はどう、かな。うん、元気なら嬉しいな。よかった。

 ……え、ええとお話? 叶子ちゃんのお話、聞かなくていいの? 今日は俺、の? ええと、うん。なにが聞きたい、かな。

 なんでもいい、かぁ。……ううん、ちょっと考えているだけ。俺、あんまりこういう話、したことなくて。うん。

 叶子ちゃんの知らないことがなにかな。知りたいこととかあると良いんだけれど。聞かれたことを調べるのは、好きだけど……なんでもか。ううん、ちょっと待ってね。

 ……ええと、そうだ。サングラスのおじちゃん、わかる? そう。ああうん、俺のじゃないおじちゃん。そうだね。山田さん、って言うんだけれど。あとええと、お髭のおじちゃんわかる? うん、へえそうなの。お髭のおじちゃんと一緒にいた……深山さんかな。そう、その人がいたんだ。お庭にいたときに見かけたの。それで叶子ちゃん、外来にいったんだね。ああええと、外来。病院にお泊まりじゃなくて、お外から来る人が行く場所。うん。

 ええとそれで、お髭のおじちゃんは三浦さん。三浦さんに誘われて、この間、山田さんと俺と三浦さんの三人でおでかけしたんだ。うん。ご飯を食べた。……といってもご飯はご飯だけどご飯じゃなくて、ええと……ああ、ここだと写真が見られないね。今度印刷して持ってくるよ。きらきらしてきれいだった。

 食べたのはあまいものだよ。ケーキ。うん。へえ、この間見たの? そうかぁ、絵本か。本は色々載っているから、知りたい、にいいよね。

 うん、それでね、白いケーキを食べたよ。イチゴが乗っているの、わかる? ショートケーキ。ふわふわしてた。なんだろ、ふしぎ。甘くて酸っぱかった。うん。おいしかったよ。本でみたことあったけど初めてだったから、食べるのにどうしようって困っちゃった。

 ふふ、そうだね。俺は下手だったよ。山田さんは上手に食べてたな。フォークがなんだか随分小さくておどろいたんだけど、それでこう、一口に切ってた。おじょーず、おじょーず。だね。俺はぐちゃってしちゃったけど、山田さんのはずっと綺麗に立ってたなあ。最後倒すときも綺麗だった。山田さんのはチョコレートのだったから、違ったのかな? でも綺麗だったよ。

 三浦さんが食べるときに写真を撮っていたから、俺も撮ってみたんだ。ただ携帯だからここだと見られない、ね。また今度ね。

 三浦さんはベリータルト、ってので、硬そうだった。切るの大変そうだったけどやっぱり上手、だったな。うん、おじょうず。いつも違うの食べるんだって。おいしいっていってたよ。大きいのだったけど、三浦さんが一番に食べ終わってた。うん、いちばん。

 こういうお話でいいのかな……楽しい? よかった。え? うん、楽しかったよ。三浦さんが色々教えてくれた。紅茶、も初めて飲んだよ。お茶っていうと俺はいつも緑茶なんだけど、全然違うんだね。不思議。叶子ちゃんも飲んでみたいの? そうだね、もっと色々落ち着いたら、ケーキも紅茶もチャレンジしてみようか。不思議だよ。

 ……うん、すごいよね。本当に食べられる日がくるなんて思わなかったけど、難しくないんだよね。うん。

 だから大丈夫、叶子ちゃんも一緒に食べられるよ。楽しみだね。うん、約束。

 ゆーびーきーりげんまーんうーそついたーらはーりせんぼんのーます、ゆびきった」

 * * *

「僕もね、わかってることあるよ。お母さんはいけないことしていたの。なにかはわかんないけど、悲しいこと。お母さん、時々苦しそうにしていたから。でも僕のため、って言ってた。……僕は、お母さんに悲しい気持ちになってほしくなかったけど、わかってもらえなかった。難しい、ね。

 僕の病気で、よくお母さんは泣いていたんだ。……いつも、じゃないけど。大丈夫、大丈夫って言って僕を抱きしめてくれるときは笑っているよ。……時々その時も泣きそうだったけど。でもうん、その時は笑ってくれていた。

 夜とか、先生とお話しするときとか、お母さんは泣いていた。怒ったりもしていた。なんで、って言ってた。なんでだろう、って僕も思った。僕が元気ならお母さん苦しくないのにな、って思ってたんだ。……今僕は元気だけど、お母さん、喜んでくれるのかな。……ごめんなさい、お兄ちゃん困らせちゃった。

 ううん、大丈夫。うーんと、本当は大丈夫じゃないけど、大丈夫。悲しいし、苦しいし、ぐるぐるするけど、でもね、わかってるんだ。僕がなにをしても、お母さんは変わらなかったし、お母さんがいないから多分、僕はここにいるの。僕のせい、って思う、よ。でも、そうするといろんなとこがぎゅってするから、僕のせいじゃない、んだ。先生も、太郎おじちゃんも、竜郎さんも、言うから。……うん。

 お兄ちゃんは言わないね。うん。僕ね、いっぱい泣いちゃう。ぐるぐるしたときにぎゅって抱きしめてもらうの。そうすると涙が止まらなくて、それでもいいよ、って言ってもらえるから、いっぱい泣くの。泣くと疲れて寝ちゃう。……夢は、時々みる。嬉しいのに悲しくて仕方ない夢。今はいっぱい泣くのも僕のおしごと、だって。へんなの。でもずっとひとりでいたから、不思議だな、って思ってる。

 病院にお母さんは来てくれたけど、入院したら忙しかったから。お母さん苦しくなっちゃったからかな、って思うけど、まだおじちゃんあんまり教えてくれないんだ。

 おじちゃんは、一個ずつ教えてくれるんだって。いっぱいだと僕が大変だから、なのと、整理しない前だと苦しくなるから、だって。

 おじちゃんね、僕がおじちゃんを嫌いになってもいいけれど、嫌われないように言葉を選びもする、って言っていたよ。難しいけど、僕が知りたかったら説明の仕方を変えて繰り返すけど、そういっていた。僕が嫌っても仕方ないって言っていた。不思議。

 嫌っても仕方ない、嫌なら誰にでもいいからきちんと言うように。言葉を選ぶけれど感じるのは自由で、それより先を知りたいときは少しずつでもいいかな、って。ちょっと難しい。でも、僕はそれでいいっていったの。

 ……おじちゃんに言ってないけど、僕は悲しくて苦しくて、嫌い、になると僕が一番嫌いになっちゃう。でもおじちゃんも先生も竜郎さんもみんな僕を好きって言うの。おかあさんのこと大好きだった。お母さんが泣いていると苦しかった。だから僕、自分が嫌い、はやだなって思って。……でも、思っちゃう。だから一個ずつ、おじちゃんのお話を聞いているよ。難しいね。難しいけど、うん。

 僕、おじちゃんとのお話好きなんだ。お母さん泣いちゃうかな。でもお母さん、おじちゃんが嫌いだったんじゃないと思うんだ。お母さん、本当はもっと楽しいことだって……ううん、うん。僕、ちょっとずつ考えるんだ。僕、泣いてばかりは悲しいから。うん。……うん、そうならいいなあ。僕、いろんなことしたかったの。病気の時、お母さんに書いてたお手紙読んだんだ。いっぱい、やりたいことあった。うん。

 やりたくなったら、もう出来るんだよね。それだけ忘れないようにしたい、なぁ」

 * * *

「こんばんは、秋くん。体調はどうかな。……うん、そうか。よかった。

 先生にお話を聞いてきたよ。秋君の目、視力は落ちていないみたいで良かったね。……うん、変なのが見えたら教えてくれると嬉しい。前は見なかったもの。紙に書くのもいいけど――そうだね、大丈夫。お話ししてくれれば先生たちが残してくれるから。

 ……うん、そうか。前とちょっと違うからね。うん、でも鏡であんまり覗き込まない方がいいかな。この間言っていたみたいに、気持ち悪くなっちゃうと大変だから。うん。

 他になにかあるかな? ……そう。じゃあお話をしよう。今日の一つ、だ。なにか気持ちが苦しくなったり、言いたくなったことがあったら教えてね。うん、約束だ。

 ……君のお母さんは、病気を治すためにお手伝いをお願いされた、のは話してあったね。お母さんのお手伝いなんだけれど、……他の病気の人を治すこと、だった。ただ、秋君の今の目みたいに、治す時に色々と大変なことがあるお薬を使ってお手伝いをした。……お母さんは、そうすることがいいと思ったのかもしれない。わからないよ、その人の気持ちはその人にしかわからないから。

 私たちは薬を探すのを手伝って欲しいと言われて、調べた。けれど君を治す薬と君のお母さんが持っている薬には共通点があるんじゃないかな、というのがこちらの調べだった。

 それに、変だった。君のお母さんはすでに薬について知っているのに私に情報を渡して調べてもらおうとしたから――ああ、ごめんわかりづらいかな。君のお母さんに、誰かが頼んだ、と私は思った。それでお母さんに聞き出そうとして……君のお母さんが亡くなってしまうきっかけとなったんだと思う。

 君のお母さんを助ける形を選ばなかった、のは私の失敗だと思う。ただ、あの時そうなるとは思っていなかったのも本当だ。だから秋君がどう感じても仕方ないけれど、でも、――うん、そうだね。おじちゃんはその時わかっていなかったよ。ただ、予想できたのかもしれないのも本当だ。……うん。そうか。うん。

 お母さんが悪いことをしていたか、については――もう少ししてからお話ししよう。お母さんのことを細かくお話しするのは、もう一個になってしまうから。ただ、お母さんはたくさんのことがあって、選べなくなっちゃったんだと思う。……うん。

 大丈夫、かな。……そう。うん。秋君はいいこだね。あんまりいいこでなくてもいいんだよ。ずっと嫌いや悲しいのを持つのは苦しいけれど、それがないことだってしてしまうともっと苦しいから。……うん。

 うん、いいよ。お話ししようか。この間お兄ちゃんが来たんだよね、そのお話をする? ……そう、じゃあ別のお話にしようか。なにがいいかな。

 お仕事か。そうだね、私の仕事は探偵だけれど、普通の探偵の人とは違ったんだ。うん、君のお母さんたちの事件もそうだけれど、ちょっと変わった事件を扱っていた。色々あって、もうそれに縛られる必要もないんだけれど――まだ普通の仕事が来るには、これまで切ってきたからなあ。

 あー、うん、切って、っていうのは仕事を選んできたってことなんだ。私は調べたい事件があって、それに関係するだろう仕事を選んできた。自分で仕事を貰いに行くことの方が多かった、って言えばいいかな。でももう、そんなことしなくて良くなって。……今はちょうど暇な時かもしれない。うん。横須賀さんの目が良いし私もある程度情報があれば推測できるから猫探しとかペット探偵も憧れるなって思うんだけれどあれも既に色々あるしまた別の専門性がいる仕事だしね。……秋君猫が好きなの? 犬もか。いいよね。動物は可愛いから。

 うーん実際どうなるかわからないけれど、またなにかあったらお話するよ。秘密にしなきゃいけない、ってお仕事で決まっていること以外だったらお話できるから、うん。

 秋君もそろそろ退院だし、忙しくなるよね。一個ずつのお話はしに来るから、今度は秋君のお話を聞かせてほしいな。うん。

 有り難う。ゆっくり、おやすみ」

(リメイク公開: