台詞の空行

りそうのひと

 * * *

「ふふ。三浦さんと一緒に居ると、甘い物に詳しくなれそうですね。私も甘い物は好きですが……ああ、外食の時は目に入ると色々試したくなっちゃいますよね。わかります。

 ……この間みーちゃんが、少しだけ三浦さんとのこと話してくれました。妹さんがいるから可愛いものとか見映えのいいものを見つけるとついつい気にしてしまうとか、その延長でみーちゃんにも随分と可愛いものばかり選んだんだとか。自分の見た目からしたらどうなのかと言ってましたけど、みーちゃん似合いますよね。可愛いもの好きですし、三浦さんのそういうところを困ったように言いながらも嬉しそうでした。

 ええ、良い傾向だな、と思います。みーちゃんがこれまで三浦さんの話をするときは、いつも申し訳なさだとかそういうものが多かったので。……その話がなかった、とは言えませんけど。でも、話題にしたのはただ昔を思い出したからです。優しい思い出だったんだな、と思いました。

 私が言うことじゃないと思って、これまで言ってきませんでしたけれど。大丈夫ですよ。それは三浦さんが、とか、みーちゃんが、とかじゃなくて。事件の解決だとかそういうところでもなくて。してしまった後悔でもなくて。ただ外から見た私の感情の大丈夫、です。

 三浦さんもみーちゃんも、後悔をしています。そういう感情には私は何も言えません。でも、みーちゃんと話をしていて思うんです。みーちゃんの側に三浦さんが居てくれてよかった、と。みーちゃんはひとりじゃなかったんだ、と。そう思うんです。

 みーちゃんは確かに、三浦さんの気持ちに応えられなかった。それは三浦さんの気持ちが重すぎたとかじゃなくて彼女の環境で、しなければいけないことだったのではと思いますが……でもこれは、お二人の問題なので私は言えません。ただそれでも彼女と話していると、三浦さんの思い出が零れるんです。後悔は応えられなかったことにあって、貴方から受け取った優しいものは彼女の中に残っています。辛い思い出は聞いていません。辛いことを話さない子ではありますけど、それでも私はみーちゃんと友達ですよ? ……色々と至りはしなかった、ですけど、でも、みーちゃんの愚痴を聞くこともあるので。……本当は、私が無理やりでも会いに行けば良かったなって思っています。みーちゃん、思い詰めると閉じこもっちゃうところ有りますから。愚痴を聞くって状態ですらなくなってしまって……ああ、すみませんこういう話をするつもりはなかったんですが。

 有難うございます、三浦さんは優しいですね。いつも私は聞く側なんですが、つい話してしまいます。……聞けなかった状況では、今はないので。そういう中で三浦さんへの不満は、聞いたとしても好意と一緒に出される物です。だから多分、大丈夫ですよ。そこからどう受け止めるかはまた人によりけりですけど、貴方が側に居たこと、感謝しています。

 ……私も、三浦さんとのお話楽しいです。ああ紅茶が冷めてしまいますね。すみません。

 ふふ、おいしいです。みーちゃんは珈琲の方が多いんですけど、そう言えば昔紅茶を買ったときにみーちゃんが……ああ、知ってました? ふふ、可愛いですよね。……はい、お話できて良かったです。本当に、よかった」

 * * *

「本当久しぶりだね。……うん、なんというか偶然が重なったよね。私は病院が色々あってだけど、藤沢さんが転職は驚いたなあ。なんか特殊な職場だったんだっけ、辛かった? ……そうかぁ。やりがいがあっても色々あるよね。うん、今日は飲もう飲もう。

 そうだね、私も本当色々……院長に不幸があったから。うん。前の職場も看護師長がしっかりされていて好きだったけれど、ちょっとうーん、って所もあって。うん、ちょっと話すのは無理なんだけれど。ああでも今の職場もみんないい人だし、やりがいあるよ。

 ……うん、それはあるかも。職場が変わってもやっぱりやりたい仕事は変わらないってのはあるけど、それだけじゃないよ、うん。藤沢さんじゃ相変わらずそういうの見るの上手だね。

 私の担当の子、ちょっと重い病気だったんだ。それで色々あって病院移ったんだけれど、その子と知り合いの方とこの間会って。職場変わったのにすごいよね。……うん、怖くは無かったな。嬉しかった。……実はその人、言っちゃ駄目だと思うけれど外見は随分迫力あって。小柄なんだけれどオールバックにサングラスでスーツ、ってなると流石にドキドキしちゃわない? でしょう? そういう外見だから本当は怖くてもいいのかもしれないけれど、でも、怖くは無かったよ。ああ探してくれたんだな、って思った。あの人、横柄に見えるけれど丁寧な人だったから。……テレビとかで見る怖い人特有の慇懃無礼さというより、丁寧。だから、素直に受け止められた。

 でね、その人から担当の子の話を聞けて。いい先生に見つかったからかわからないけれど、病気は治っているんだって。よかった。ただちょっとその病気とは別の問題があるからしばらく色々あるらしいんだけれど、でもそちらも大丈夫だろうって。少し後遺症はあるらしいけれど、聞いた範囲ではよかった、って思えるものだった。……病気の辛いこととかこれからはその子のものだから、私が言えるものじゃないんだけれど。でも、生きていて良かった。あの子に未来があって、嬉しいんだ。

 ……有難う。そうだね、本当に。あの子とはもう会えないだろうなあって思うけれど、でもどこかで生きているなら会えるかも知れないし。私の気持ちも伝えてくれるって言ってもらえたから、いいかなって思っているよ。うん。

 別になにも関係ない、ただ入院先の担当だっただけであの子は私のことを覚えていないと思うけれど。でも、特に関係ない人でも貴方の命を喜んでいる、ってことが少しでもなにかになればいいかな……なんて贅沢だね。……うん、そうだね。

 あの子に幸せがあります様に。私と藤沢さんにも、いい出会いがありますように。乾杯」

 * * *

「ああ、ありがとうございます矢野さん。大丈夫です。ははは、それは光栄ですね。安心できると言われるのは、冥利に尽きます。ええ。いえ、こちらこそ。

 ……そうですか。仕事は上手くいっているんですね、よかった。色々あって大変でしょうがその中でよい結果と巡りあえたのでしたら貴方の力です。喜ばしいことだ。

 多分これで最後でしょう。協力いただけて助かりました。……色々と関連することがありましたが、もう大丈夫ですよ。有難うございます。

 ……あー、うん。そうですね、山田については私もよくわからないんですよ。こちらは警察で、あちらは探偵です。立場が違いますから、知るにも中々難しいものがあります。ただ、山田の伝えた情報で貴方の心が和らいだのなら、あいつも悪いことをしているわけでは無いんでしょう。

 どういう人間なのか正直理解に苦しみますが、矢野さんのひっかかりが少しでも和らいだのなら、それは良いと思います。

 そうですね、自分でなんとか出来る、というような態度に少し思うところがあるのは事実です。私の気持ちもありますし、それ以上に私は警察ですから。私刑は特に許されないですし、私刑をするしないだけでなくああして問題を隠してしまいかねない人物はひっかかります。でもまあ、……一応、普段は私刑をしているわけでもないですからね。悪い奴ではないのかもしれません。わかりません。

 え? あ、ああ。別に私は――参ったな、気を遣わせるなんて警察として示しがつきませんね。……お優しいお言葉感謝します。あなた方が健全に、安心して暮らせること。そして私たちを信じてくださることがなによりの糧です。……頼っていただけることは、本当に有難い。そう思います。

 人によって、頼る基準は違うのでしょう。それは重々承知です。ですが法律というものがあり、社会があり、人がある。現実はすべての人が幸せになれるようにはできておらず、人と人が違うからこそいざこざもあるものです。だからこそ一歩引いて人と人が暮らしやすくなる為に警察があるのだと、私は思っております。

 私刑を行えば新たな私刑が行われるでしょう。判断を一人に任せてしまうことは別の一人の判断を否定できなくなると言うことでもあります。公的な基準があり、立場があり、距離があるからこそ成り立つものもあるのです。頼ることで道が途絶えることは無いと、そう思っています。……思っているんです。

 ああすみません、また気を遣わせてしまいました。いえ、大丈夫です。あなた方が健全に生きる為に我々を頼ってくだされば光栄だな、という話なだけなのです。

 市民の味方、悪を断つ。この刑事平塚茜にお任せください」

 * * *

「……はい。申し訳ないです。有難うございます。

 お話ししたことでおそらく以上だと思います。深山家はいくつか問題をおこなってきました。その余罪を追及するのも証明するのも難しいでしょうが、警察が介入したことで変わったのならそれは不幸中の幸いだったのでは、と思います。

 こういう結果になって、少し安心もしています。私にあの家はどうしようもできませんでした。言い訳のようですが、事実でもあります。私は私の責任をあの家に渡す気はありません。私は友人と、以前愛してくれた人を利用しました。巻き込んで傷つけて、友人は職場を変える必要まで出てしまった。その罪を私以外のものにするつもりはありません。深山未久個人が起こしたことです。ただ、同時にあの家の問題をなかったことにするつもりも無いんです。

 私は元々、あの家には足りない子供でした。よくわかりませんが、あの未来読みをするには能力が無いと思われていたからです。出来ない子、という扱いでした。おかげで職場を自由に決められたのですが――そのあと結局使う為に戻されたので、不可思議ですよね。……刑事さん、そんな顔なさらないでください。別にこのことはどうでもいいのです。あの家はそうだった、ただそれだけなんですから。

 未来読みの力が無いと言われて、出来ないと言われて。頑張らなければってずっと思っていました。頑張り続けることが私を示す物でした。弱さを見せてはいけなかった。……それでも、一人じゃ無いことにどれだけ救われたかわかりません。気を張りすぎて友人関係が良好とはいいがたかったですが、藤沢さんをはじめ少ない友人達は私にとって心のよりどころでした。大丈夫、頑張れる。そう思ってやってきました。

 ――三浦さんとの出会いは、本当に未知のものでした。頑張らなくて良いのだと言って、そのくせ頑張った結果は自分の事みたいに喜んで。やりたいと思う気持ちには背中を押して、苦しくなったときはそっと支えるような人で。……このまま一緒にいたら、きっと私は笑えると思いました。家族から連絡が来るまでは。

 頑張らなきゃではなく頑張りたい、になっていた頃、頑張らなきゃいけなかった理由を思い出しました。あの電話はそういうもので、私は頑張る為に家に戻りました。……戻るときに三浦さんを傷つけました。彼とはもう終わりましたが、でも彼に貰ったもの、友人の言葉、今回こうして最悪を迎えずに済んで、こういってはいけないかもしれませんが安心しています。よかった、もう、大丈夫。もしも似たようなことがもう一度あっても、今度は私、頑張らないと思います。頑張りたいと頑張らなきゃは違う。私は家の物では無い。家は私では無い。だから、大丈夫です。

 お願いします、刑事さん。私は私の罪を償います。だからどうかあの家で起きたことを、すべて残してください。――繰り返さない為に。」

(リメイク公開: