台詞の空行

えらぶひと

 * * *

「あ、飯塚先生。お疲れ様です。ええ、私も帰るところです。飯塚先生とかち合うのは珍しいですね。

 そういえばこの間の人。ほら、太宰室長が連れてきた、事務所の人。あの人飯塚先生とお知り合いだったんですよね? 腕を見せてもらったんですけど、治っていたから特にどうってのはわかりませんでした。ああいや、そんな。飯塚先生が診たんだしそれ以上を見つけられるとはさすがに思っていませんよ。その場にいたら別ですけど、時間がずいぶん経ってますもんねぇ。視点は多い方がいい、はモットーですが、見た時はそういう意図じゃなくて、なんかわかればラッキーくらいです。つい気になっちゃうんで。

 ただ少し苦手なことをさせてしまったかもしれないので、もし会ったら謝っておいてください。あんまり機会ありませんか? 太宰室長に言うのはちょっと悩んじゃったんですけど、うーん。あ、言ってくれます? 有難うございます。いや、石田さんに言われちゃって。私そういうのちょっと気にしなさ過ぎるので、悪いことしちゃったなと。なので一言だけでも伝えてもらえるのは嬉しいです。直接は無理そうなので。

 そうですね、ちょっと色々ごたごたはしていました。飯塚先生もですよね。まあ協力願われるのはあることですけどなんというか……っと、一応これ守秘義務案件ですね。飯塚先生の方がなんか詳しく知っていそうですけれど、とりあえずこの話は止めておきましょう。私も聞きませんけど。聞きませんけど気になるなぁ。飯塚先生、なんだか楽しそうですね。いいことだと思います。

 まあ、飯塚先生も今日来ているくらいですし、こっちも同じような感じですよ。落ち着きました。いつも色々有難うございます。……不思議なものって、あるものですよねえ。

 ああ、いえ。なんというか、我々がしているのは科学的アプローチですけれど。なんだか色々と不可思議で、つい、その科学的アプローチがなにかを取りこぼしていないか心配になってしまって。時々あるんですよね。少し、何かが違うんじゃないかと。見る場所を見ていないまま、ボタンのかけ違いをしていないかと。

 当然、何もできないなんてことはないと思っています。わからなくとも数字にするだけで未来の糧になることも知っています。その中である程度、報告書を書けるようにはしている。成果がないわけではない。なにも掴めないというほど見えてないつもりはないんです。それでも、なにかを取りこぼしているのではないか――分散し協力していても、そもそも私たちのやり方が間違っていないか、そう思うことがあるんです。

 でもまあ、そうですね。私は私たちの仕事に誇りを持っていますし、だからこそ無意味だとも思っていません。やりがいだってありますよ。なんというか、よかったとも思っていますし。

 ああ、はい。勝手なことなんですけれど。あの人を見て、よかったって思っちゃったんですよね。山田さん、あのサングラスの方は拝見していましたけど、なんとも色々見えづらくて。この間連れてきた人なんて太宰室長のお知り合いでもしかするとうちで働くかもなんて言っていましたが、結局働かなくなって。残念だけど良かったなあって思ったんですよ。あの人、頼りになるけど、なんというか持ってくるものがものなのに本人は一人仕事だったから。

 余計なお世話だとはわかっていますよ。専門家に失礼かもとも思います。でも、あの人、あの優しそうな人と一緒なのかと思ったら勝手に安心してしまって。まあ、彼ちょっと顔色とか心配なところはありますけど、飯塚先生のお知り合いですしね。よかったなあ、って思ってます。

 っと、お帰りの所すみません。引き留めてしまったみたいで……はい。ではまた。彼によろしくお願いします」

 * * *

「あーお疲れさまですです、こっちに来るなんて珍しいですね。川﨑さんとことこっちはほんと方向性違うから……ああ、狐ヶ崎の件で、資料を。了解です、ちょっとまってくださいねー。

 ……あったあった。これですね、どうぞ。はい、大丈夫です。あとこれ必要ないかもですけれど先日の検証に使った本のリストです。ええ。

 ああ、横須賀さん。うん、うまくやっているみたいですよぉ。安心してください。川﨑さんが聞くの珍しいですね。そういうの気にかけるなら――なるほど石田さん。あの人は本当目を配る人ですね。私には出来ない、偉すぎる。

 あ、そうそう、これどうぞ。その横須賀さんとこから、御礼にってお菓子を頂戴したんです。おいしいですよぉ。ちょっと多いんで、そっちの人数分もっていってくださいよ。やった、配りに行かなくて済んだ。あははこういうの面倒なんですよねぇ。

 彼については、残念だったけれど良かったですね。私はお役御免にならないので良かった二倍ですけど。はは、そんなことないです? だといいなあ! ……ははは、居場所があるのはいいことです。

 あー、うん。時期外れの新入りってまあ大変なところはありますけど、彼は能力も人柄も保証されてましたしねえ。勿体なく思うことはあるかもしれませんね。ま、保証されていても馴染むかどうかは別なのは当然ですけど。出来る出来ないは置いておいて、なんか人を警戒させない不思議な人柄の人でしたね。それでいて鋭い人。

 おや、鋭いは意外ですか? 彼も川﨑さんのとこだと借りてきた猫になっちゃう類の人だったのかな? いやはや、私も鋭いと断言するには足りないとは思いますが、でも、そうですね。本を見るあの目は中々どうして。はは。お仲間だなって勝手に思ったりはしましたよ。いや私は鋭くないですけど。えっお仲間で鋭い納得するんです? じゃあ私鋭いのかなうれしいですねカッコいい気がして……いや真面目に同意されるとなんかちょっと照れますね。川﨑さんなんていうかこう、その、ちょいちょいそういうところありますよね……いえ嫌とかじゃないですよとっても嬉しいです! 私も新入りとそんな変わらない? まあ入った年数的にそんなものですが……いやいや私がお菓子貰うのはおかしいでしょう。貰ってあるんで安心してください。唐突な先輩ムーブびっくりするからやめてくださいよぉもー。いや、嫌ではないですけどね。ちょっとなんかこう、はは、照れます。

 ……そうですねぇ、私も期待の新人、ならいいな。太宰室長のお気に入り、ですか? だといいですね。

 ああいえ、お世辞なんて思っていないですよ。ありがとうございます、褒められて伸びるタイプなので全力で嬉しいですね!

 お菓子、とても美味しいのでみなさんで食べてくださいね」

 * * *

「どーしたの木野さん、渋い顔して。……あはは、そんなぎゅっとしかめていると真ん中にパーツ寄っちゃうよ。寄せてるの? 木野さんはそういう所楽しいよねぇ。

 ふうん。なんでもないの? 本当に? それならいいけれど……そうだな、チョコ食べる? うんうんおいしいよねえ。

 ん? うん、言ったように、横須賀くんと太郎については大丈夫だよ。木野さんが見たとおり、あの二人は上手くやっている。……うらやましいくらいだね。

 はは、心配しないで良いよ。よかったなって思っているだけだから。ただなんというか、俺あんまりやってあげられなかったなーって。うん。頼って欲しかった。……そう? まあ一応環境は整えたけれど、ずっと俺は見守るだけだったからなあ。

 はは、そうか。うんそうだね、それはある。俺だって木野さんに色々頼っているけれど、言わないことはあるし。でもそれは木野さんが悪いわけじゃなくて木野さんを信頼しているのは確かで、でもこの場所は言えない、はあるよ。だからそうだね、木野さんが言うようにそういうものだったのかもしれない。……でもまあ、さみしいよねえ。

 ああー、うん、わかる。そうかー木野さんも寂しかったの? さっきの顔それかな? ふふふそうだねえ、木野さんとの付き合いは短いけど、でも俺は大分頼っているつもりだったからなぁ。そういうのもあるか。言えないってのは俺個人の理由じゃ無いからで、あいつは個人だけれど……ある意味で俺が無理なのも理由があった。それを知っているから、知らない木野さんが頑張っているのに泣き言言っちゃ駄目だねえ。

 え、泣き言はいいの? ああうん、人と比べて苦労や喜びを決めちゃいけないね。それは確かだ。木野さんえっらーい。うん、偉いからもうひとつチョコあげる。甘い物いいよね。

 うん、良かったと思う。凄くね、すごーくいい結果になったんだ。本当に、よかった。もうずっと無理なんじゃないかとか、もっと酷い結果も考えていた。けれど、そうならなかった。飯塚先生の真似をするなら、ご縁、かな。

 はは、うん、そうだね。頼りにしているよ。よろしく。大丈夫、無理はしていないんだ。本当。

 ……大事な人に報告出来るくらいには、本当に嬉しいんだ」

 * * *

「えへへ、来ちゃいました。……ええと、じゃあやっぱりカルーアミルクを。甘い物が飲みたい気分で。

 ん、ああおかげさまでなんとか。藤沢さんと彼女が会っているので、話は聞いています。……俺? 俺は、流石に。もう恋人じゃ無いですし……いえ、恋人で無くても友人、または知人としての付き合いはあります。恋だけが人間関係なんてつまらないとも思いますし、それを理由にするのは少しずるいですね、すみません。

 一応恋心は終わってますよ。だって俺の気持ちは彼女に重かった。その事実は確かにあって、でも俺は付き合ったとしたら、そういう気持ちを相手に持ってしまう。頑張っている人には報われて欲しいと思うし、俺に出来ることはしたい、ってなってしまう。俺は甘ったれたとこあるんです、こう見えて。

 でも、甘える一方通行は悲しいですよ。甘えて甘やかして、互いに頼り合いたい。俺は彼女に癒されたいし、彼女が俺に癒されてくれれば良いと思う。……だから、俺の愛が彼女にとって重いものだとしたら、やっぱり無理なんです。横須賀さんと来たときも言ったけれど、別れを切り出されたときから思っていたんですよね。俺、恋愛向いていないなあって。だから恋心とは、多分違います。俺にはうまくできないです。

 ……あはは、有難うございます。うん、まあ機会があったらまたそういう人に出会えたらなーって思うくらいですかね。自分からはなんとも。

 多分、俺が会いにいったら彼女気を遣うと思うんですよね。優しい人だから。あんまりしんどい気持ちになって欲しくないなーって。俺が諦めれば幸せに、なんて殊勝な気持ちじゃ無いですよ。単純に、俺だって俺と一緒に居て幸せになってくれる人がいいってだけです。……悲しいじゃないですか。やっぱり、気持ちが否定されるのは辛いです。好きには好きが返って欲しい。俺は無償の愛なんて無理です。だからこれは、お互いの為ですね。

 はい、有難うございます。彼女が無理しないかは心配なので、藤沢さんとお友達になれたのは嬉しいですね。藤沢さんが彼女と話してくれるから、俺も安心できる。もうしばらくしたらいいかなーって思うんですけど、友人の友人、くらいの距離も心地よくて。甘えちゃってる感じですかね。うん、今結構気楽です。あんま悲観的になるつもりはないし、こうみえて楽しいんですよ。へへへ、脳天気な面でしょう。楽しむのは結構得意ですからね、俺。

 そうそう、よーやく食事の約束が決まりましたよ! 来週の土曜日。どこにするか悩んだんですけど、リンさんとこの間話した場所に決めました。男三人でも楽しめるスイーツ! 妹ちゃんお薦め、かつあんまり甘いの量食べない弟くんもおいしく食べたので多分大丈夫です! 量食べる人も食べない人も丁度いいんじゃ無いかなあ。最近話題のでかい肉料理と悩みましたが、お二人とも食べなさそうですもんねえ……。いや横須賀さんはあの体格だし食べるのかな? でもまあ山田さんはあんま量食べるようなイメージ無いですし。

 へへ、そういう訳で楽しみです。今回は御礼ってことなのでお二人ですが、リンさんにも紹介していただいた御礼がまだですし今度一緒に食事でもどうですか?

 ああ、皆でもいいですねえ。……あはは、なんとなく飯選んじゃいますね。横須賀さんなんでも不思議そうに見るから余計かなあ。食事って良いですよねぇ。リンさんが好きそうなものも探しておきますよ。何が好きですか? みんなでご飯、楽しみにしてますね。

 山田さんの説得はお任せします。リンさんなら山田さん、きっと二つ返事でしょうしね」

(リメイク公開: