締
おもうひと
「逸見、少しいいか。……いや、そういう訳じゃない。個人的に話したかっただけだ。難しいならいい。……そうか、有り難う。
一応一段落だな、お疲れさま。逸見たちがしたことは正直に言えば歓迎しできないが、しかし大げさにしすぎることでもない。逸見が太宰桐悟にしたことは正当防衛と言うには積極的すぎるが、スタンガン自体は威嚇程度のものだったしな。相棒の彼は流石に問題だったが、被害者に当たる新山叶子が訴えようとしないし、脅しでしかなかったのも事実だ。太宰桐悟の話によると逸見は被害者でもあったし、――ああ、わかっていることだな。遠回しにする気はないんだ。ただ、逸見はもう気にしなくていいと言いたかっただけだ。
太宰桐悟はこれから罰せられるだろう。心神喪失状態がどの程度によるが、余罪も多い。彼についてはこれからまた調べて行くし、警察に任せてくれ。新山叶子については彼女の罪はありつつも利用された立場であること、また彼女の内側にある『通り道』の存在を加味して考えていくこととなる。信用しづらいかもしれないが、警察を信じてほしい。
そうか、それはよかった。逸見が選んだことだ。選択を後悔されないよう、こちらは全力を尽くす。彼に感謝しなければならないな。いい相棒を持った。
……そうか。いや、なんでも――なくは、ないな。そうか。嬉しい。とても嬉しい。……二度も言わなくてもわかる、か。そうだな、逸見はそうだな。変わらない。
嬉しいだけだ、なんでもない。言いたくなるんだ、駄目だろうか。……ああ、有り難う。
警察が逸見にとって信頼に足るようでよかった。うん? 俺か。そうか。そうだな、逸見の近くをうろついただけあったな。うろつくでいいのか、か。良いんだ。逸見にとってどうだったかは知らないが、仕事柄関われて良かったと思っている。
……ん、ああ、覚えていた。それなりに思い入れもあった。言い方? ああ、相棒から聞いたのか。嘘ではないぞ。警察になろうと考えたくらいだ。……お人好しか。別に俺はお人好しではないんだが。……ああ、まあ警察だしな。間違ってない。ん? いや、別に不満じゃない。事実だ。……あまり今は説明しきれないんだ、これはつっこまないでくれると嬉しい。
ああ、有り難う。……話がずれたな。いや、まあ目的があるというよりかは――ああそうだ、逸見の事件については出来る限りこちらで対処した。現場の連中は逸見と山田の関係を知らない。山田としてやっていくなら、やりやすいようにするといい。
平塚については現場にいたからいくらかはいぶかしんでいるだろうが、なんらかの関係があったことはわかっていても逸見と山田を結びつけてはないだろう。ああ。こちらとて守秘義務もある。上の人間はいくらか把握しているがそう吹聴はしない。好きにやっていくといい。
礼? 別に仕事だから気にする必要はない。……ん、個人的に。……確かにプライベートだとは言っていたが、別に気にする必要はない。……無茶を言う気は元々ない。逸見だって聞かないだろう、わかっている。
――ちょっとまってくれ、考えておく。……いや、どうもしない。少し反省を――なんでもない。ああ、聞くな。……有り難う。
ああ、わかった。相棒によろしく。――あまり無茶をするなよ」
* * *
「とりあえずお疲れさん。よくやったと言やいいのかどういうことだと言やいいのかわかんねーが、ようやく落ち着いたんだ。約束通り酒には付き合って貰うぞ。どうせすぐ潰れるんだろうが潰れる前に全部ゲロれ。はっきりいってテメェは言わなすぎるんだよビビったっつーのこっちは。
……おう。まあこの警部殿がいて良かったなぁ? ずっと言ってやるぜ感謝しろ。
ああ? 別にいいだろ。お前に貸しを作るのはいい気分だ。飲むときはお前のアパートだな。もてなせ。おう。
にしてもなんつーか……いやまあ女の趣味は勝手だけどほんとわかんねぇな。ありゃずいぶんな役者だ。あんなんでいいのか。今は違う? ややこしいなお前。でも同じだろ。……お前そのツラで随分と考え込むとこあるよな。わっかりづらいヤツ。てきとーにしときゃいいだろ。惚れてるなら惚れてる、終わってるなら終わってる。……まあ勝手にぐだぐだ悩んどけ。平和でいいんじゃねぇか。
――ああ、過去の事件はとりあえずってとこだな。お前の話から太宰桐悟関係を調べたが個人的に宗教団体とつながってるってことはなかったみたいだ。本人が動いていた感じだな。一応寄稿していた雑誌に確認はとってる。お前の甥っ子のいる出版社もだったが、寄稿されてる側はあくまで問題なさそうだ。よかったな。
あ? ああ、そうか。そっちはお前のとこだったな。ふうん。まあ具体的な書類作成がんばってくれや。正直うさんくさすぎて頭痛くなってくるモンもあるが、書類で残すだけで多少こっち側になってくれるだろ。新山叶子とかあのへんどうなってんだ……確認しようにもできねぇのに面倒っつーかいや証言はあるけどよ。まあその辺頑張れよ特霊隊。
……酒の誘いだけだったのに仕事の話になったな。やめだやめ。今度の休みいつだ。……あー、次。ああそれいいな。娘がちょうどいないんだ。前の夜でそのまま泊まらせろ。あ? お前のとこ本当ものねぇよな。甥っ子のゲーム以外でなんか増えてねぇのかよ。まあ別にいらねぇけど。肴は決まってるもんなぁ警部補殿? はははざまあねえな。
いいじゃねぇかお前特に用事ないだろ。やっぱりな。寂しい独り身賑やかせてやるよ。吐け吐け。
ん? どうした。……お、なんだチャンスじゃねーのか? あ? そういう意図じゃない? 礼でもなんでもチャンスだろ。なんで黙るんだ。なんだ? ……いやそりゃ自業自得だろ。つーか元々言っていたなら今更だろ。あ? 山田だから言っていた? 逸見女史相手にゃ無理ってお前……本当面倒っつーかなんつーか……向こうがジョークで言ってるんだし都合良く使えよ、礼でもなんでもデートのうちだ。
本当お前わかりづらく拗らせてんな……」
* * *
「あれ、朝倉警部。お疲れさまです。日暮さんはこちらにはいませんよ。ああ、挨拶されてきたんですか。……ええと、私に何かご用ですか?
ああすみません、珍しいと思ってしまいまして。いやまあ、日暮さんの次っていうと私ですけど。でもまあ平塚は一つしか違いませんが……ああ、いえ私で大丈夫です。平塚は今別件で動いていますので。はあ。すみません、別に嫌とかではなく、珍しいなと思っていろいろ考えてしまったんです。はい。
ええ、書類で一応出した通りですね。……印象、ですか。刑事として個人の感想をとなりますと流石に……はあ、わかりました。本当に個人的な感覚ですが、それでよろしければ。
横須賀一についてですが、事件の後しばらく動揺がみられたものの比較的落ち着いているようです。平塚から聞いたことをはじめは信じがたく思う程度に、彼は暴力性と無縁でした。といってもどんな人間であれ暴力性を内包していると思いますので、……はい、個人的な感覚ですね。彼には似合わないという、非常に個人的なものです。
彼は随分と新山叶子を心配していました。自身の行為を悔いているようでしたし、再犯性は薄いのではと思います。――そもそも、脅すためだけのようでしたしね。
…………。
……ああ、そうですか。申し訳有りません、個人的な行為でありました。……はあ、怒られていない、と。すみません。
ええ、彼には個人的に怒りました。いくら相手を思うとは言え、一人で抱えて留めるものではありません。平塚のこと、警察のことを信じて頼ってくれたのは事実ですが、同時に山田を止めるために思い詰めました。新山叶子をどうするか、確かに課題は大きいですが、警察はどうにもならないことを助けるためにも、道理を通すためにもあります。……正直頼りにしてもらえない、ということは少し悔しくもありました。警察は最後のたよりになってほしいと思っていますので。
別に、そういう訳ではありません。……はあ、いいんですか。ええと、有り難うございます。
……あの、日暮刑事も疲れていると思いますので。ええ。すみません。出来ることがありましたら私が動きますので。書類仕事は得意ですし。……山田のことでも頼ってくれると良いんですが。
仕方ない、ですか。頼りないですかね。ああすみません。そういう訳では無いんです。はい。……お疲れさまでした。
……やけにご機嫌だな朝倉警部」
* * *
「モトさんお疲れさまでーす! ってあれ、本当に疲れてます? 大丈夫ですか?
ヅカちゃんですか? ヅカちゃんはちょっと凹んでますけどそこまで酷くは無い感じです。大丈夫じゃないかなあ。……へえ、朝倉警部が。珍しいですね。モトさんで満足されたなら大丈夫だと思いますよ。わざわざそういう嘘吐かないひとですし。
んー? いや納得してただけです。だってモトさん、朝倉警部のこと苦手でしょう。……大丈夫です知ってますって。モトさんが嫌いになるタイプの人じゃないですもん。仕事できるし、頼りになりますし。嫌いじゃなくて苦手、なんだし、それくらいなら別にいいんじゃないんですか? ……グレさんと仲良しさんですしねえ。ちょっと容赦なさすぎて心配になるのはわかりますよ。えー違います? まあどっちでもいいんですけどー。それでどうしたんです?
……ああ、横須賀君。聞いただけ。……納得しました。え? いや朝倉警部の理由は知らないですよ。モトさんが凹んでいる理由がわかっただけです。
凹んでない? えー、それはちょっと無茶じゃ無いですかぁ? 流石にわかりますよ、後輩ですよー。……うん、やっぱりモトさん真面目ですねえ。そういうところちょっと堅物すぎるとこありますけど、納得納得です。
別に、横須賀君を怒ったのはいいんじゃないかなって私は思いますよ。ううん、確かに警察としてはやりすぎです。関わりすぎではあると思います。でも、彼とはその前から話していましたし。知人としてなら、寧ろそういう人が居た方がいいんじゃないかな、って思うんです。
横須賀君、叶子ちゃんと仲は良さそうでした。けど恋人じゃ無いみたいで、友人とも違う感じだったんですよね。……思い詰めすぎていた、と思います。そうなる前に頼る人が居るべきだったんじゃないかなって。彼にとっての最善だったかもしれないけれど、あれを私たちは肯定しちゃいけませんよ。例え山田さんのことを信じていたとしても、もしかするとがあったかもしれない。その覚悟を彼が負うには重すぎる。もっと色んな人を頼って、頼って、そうして挑むべきでした。ヅカちゃんを頼ってましたが、足りません。彼が選んだことで最善が来たとしても、モトさんが否定したのはモトさんの立場ではいいと思うんです。彼のことを考える人が、彼には必要ですよ。うん。警察としては色々ありますけど、彼にそう言って怒ってくれる人がいたこと、私は嬉しいなって思います。
……本当モトさん堅いなあ。あー、そんなことより! もっと楽しい話しましょうか。ほら、グレさん昇進のこと考えて動こうかって言い出したじゃ無いですか。あれってやっぱ今回の事件でなにか心境の変化があったんですかね? これまで言ってたラブレター言わなくなりましたし、なんかこう、グレさんの中で決着がついて新たな恋! とか!
えーいいじゃないですか。貴重な恋バナですよぉ。そりゃもっとストイックな理由かもですけど、考えるのは自由じゃ無いですかぁ。ちぇー。
ああー、お喋りしすぎちゃった。はぁい、わかってますよ。松丘雪絵、お仕事行ってきまーす!」
(リメイク公開:)