台詞の空行

読者への手紙

--)貴方へ


 ――読者への手紙――


 はじめまして、ここまで読み進めてくださった貴方。……などと言うと、唐突で戸惑われるでしょうか?

 推理小説の楽しみ方のひとつにもあげられる読者への挑戦状を真似て、ほんの少しだけお時間を頂戴したくこちらのページを使わせていただいております。

 ご存じない方に向けて簡単にお話ししますと、読者への挑戦状とは作者が読者に向けて、「さあ、全ての情報、手がかりは提示した! 謎を解き給え諸君!」と掲げるようなものとなっています。真相が判明する前に差し込まれる挑戦状。それは作品が読者に対してフェア精神で成り立っていると示すようで、私は非常にわくわくします。ずっとずっと、あこがれの一つでした。

 だからここで、お時間をいただいています。といっても私のこのお話は、挑戦状と言うには答えが並びすぎているでしょう。だから差し込ませていただいたのは、お手紙です。ずっと見守ってくださった貴方に、ほんの少しだけ身勝手なお願いをするお手紙。

 お礼を言うにはまだおしまいまで時間があります。なのでそういうものごとは置いてしまい、お手紙を開きましょう。

 ずっと見守ってきた貴方にお願いしたいこと。それは、これから続く物語、横須賀一の言葉を考えて欲しいということです。


 貴方が見てきた記録者 横須賀一は、今、全てを手にしています。足りずとも言葉を紡ぐためのいくつかをかき集め、山田太郎に向き合っています。

 もうほとんど出てしまっているので、言ってしまいましょう。これから横須賀一が語るのは、山田太郎の過去です。山田太郎の今です。山田太郎の名前、そのひととなり、触れてきたこと。全てをかき集めて語る彼の言葉を、よければ貴方に考えて欲しいのです。


 貴方はおそらく、横須賀一が見てきたほとんど全てを知っています。もしかすると貴方は、横須賀一よりも多くを知っていると言ってもいいかもしれません。この物語をずっと読み進めた貴方は、横須賀一の持つ物を知っている。だから、よかったら貴方の時間を、読む時間以外にも少しだけいただけないでしょうか。

 横須賀一が山田太郎になにを言うのか。なにを求めるのか、記録者の綴る言葉の先を。


 もしよければ次に進む前に、ほんの少し瞼を閉じて、貴方の中の山田太郎と、横須賀一と、二人の関係を整理してみてください。そうして横須賀一の言葉に思いを馳せていただけたら、それは非常に得難いさいわいなのでしょう。ここまで読み進めていただいた喜び以上を求めるなんて贅沢だと思いつつ、この手紙を差し込ませてください。

 正解がどうというものではなく、ただ思ってもらえれば至極の喜びで、大きなさいわいです。


 最後に、少し大仰な言葉でこのページを飾らせていただきたいと思います。おつきあい、ありがとうございます。もうしばらくお時間いただけたら、嬉しいです。


『さあ、すべては並べ立てられた。記録者横須賀一の見てきたものを、貴方はほとんど知っている。記録者横須賀一が知り得ないことですら、はっきりと貴方は見てきた。

 貴方が望むのなら、彼らをもう少しだけ知るための答えがこの先にある。考え、見、進め。貴方は全てを、見届ける』

(「読者への手紙」 了)