台詞の空行

8-8)専門家

「集まってくる、と言いますが、薬の件でどなたかとお話されたんですか?」

 話をそこで区切るようにして、山田は声の調子を落として聞いた。ふむ、と木野は自身の顎に手をやると、記憶をたどるように瞼を伏せる。

「大学教授、先生、翻訳家……数は多くないですよ、繋がる元が繋がる元ですし。基本的に私はこの通り自分でしゃべって満足しちゃうタイプだから話に向かないんで太宰室長がメインで関わりますし。ただまあ今回は、私のツテも使いましたから探して話した方に入るかな?」

「木野さんのツテ、ですか」

 木野の言葉を拾い上げるように、山田が復唱した。とん、と指先が机を叩く。木野は山田を見て首肯を返した。

「ええ。といっても私のツテは少ないですが。基本的には太宰室長から渡された資料にあるだろう情報以上は持っていません。そこにツテも乗ってます。特に薬については私とは関係ない場所なんで。薬は多分資料の方が詳しいんじゃないかなー。私は探し選ぶだけだから検査からは離れてるんです、あっちは私の場所じゃなくて、私のところに集まるものはそういう話です。結果を集めて過去を探って未来を推測する」

 木野がそこで言葉を切った。横須賀と山田を比べ見る。つられるように木野から山田に視線を移した横須賀は、しかし山田の表情を理解することは叶わなかった。

 元々山田は表情を隠すことに長けている。それは山田の理性的な性格だったり、サングラスによって見えることのない瞳だったりが理由だが――けれども、山田は同時にわざとらしいくらい表情を作ることも多かった。なのに今は、色がない。

 ず、っと言葉に沈むように、しかめられた眉とさがった口角がある。けれどもそれは険しさというにはどこか鋭さがない。名前を探そうとしても、つるりと滑ってしまう。

「私は基本、本の関係なんですよね」

 とすん、と木野はとぎれた言葉のボールを投げた。は、と横須賀が木野を見ると、木野は目を細めて返す。

「元々私の専攻は文学やら伝承方面でして、本を調べていたら教授から別の人に繋がったりとか、そういう機会はありました。だからツテ、というとそこですね。書類にもちゃんと記述されています。合田ごうだ先生は前からちょいちょい協力してもらっている人です。大学で働いているから身元もはっきりしていますし親族も警察関係らしいですが、まあそれだけじゃ根拠にならないのかな。でもまあいい人ですよ、そこは保証したいなあ」

 投げたボールが自由に転がるようにして、つらつらと言葉が流れる。ペンを握りなおして、横須賀は流れる文字を追うように書き連ねた。

「合田先生については書類に書いてある通りですし、そのへんは気になったら会うのもいいですよ。太宰室長も会ってます。
 ちょっと特殊なところにいくと花水はなみずさんですかね。葉見ず花見ずの花水さん。こっちはあくまで私個人が趣味としてってかんじで、室長と会わせてはいません。好奇心で色々ほっくり返すようなところがあるので、個人的には私がクッションになっておきたいって気持ちがあるかな。まあなんだかんだ悪い人じゃないですよ、割り切ったやりとりをするには丁度いい。
 ただ、そうですね、会うのが大変な人がいます。そこに載っている翻訳家の方ですね。子途とか洞親子とか、そういう伝承について興味ある人のようで。色薬についてまとまった話を書いていたのもこの人です。この黒い本にも一部翻訳者として載っています。翻訳の協力依頼したっていうより、当人がその話について興味を持った結果知識を得、それを情報として求められた感じでしょうか」

「翻訳家」

 山田が呟いた。先ほどの拾い上げるような復唱とは違う、ぽつり、とそれだけが転がるような音。横須賀が再度山田を見ると、山田が一度顔を伏せ、それから持ち上げたところだった。

 そのときにはあの空白を吐き出したような色は消えていた。

「その翻訳家の名前は?」

「資料を読んだんでしょう探偵さん。……なんて言うのは失礼ですね。見ての通り名前はペンネームだけですよ。本名はしりません。ペンネームは五藤ごとう黒務くろむ、結構多言語な人みたいですけど、あんまり本は出していないんですよね。論文とか依頼受けてという形が多いのかな。あ、これは予想ですので知っているわけじゃないですよ」

 五藤黒務。木野がポケットからペンを取りだし書き記した文字をメモ帳に写す。山田の視線は木野の文字に向かっていた。じっと見据えるように浅く顎を引いている山田に、横須賀はもう一度文字をなぞる。

 見慣れない名前だ。元々横須賀は読書家ではないので当然とは言えるが、その慣れない文字をなんとか飲み込むように、指先でなぞりきる。

「住所とかも把握していません。太宰室長も調べたようなんですけど、出版社も把握していないようで。謎多い人って感じです。謎と言えば海外文献の翻訳家なのに日本の伝承に興味持っているところも大概不可思議ですが、いわゆる層がらみの話は海外でも多くあるものなので、元々そっち方面の人なのかもしれませんね……ああ、そうだ、そう、ちょっと書類貸してくれませんか」

 木野がふと思い出したというように自身の膝を叩き、山田に手を差し出した。書類、と言われて横須賀が鞄の背を撫でる。

「写真の載っている一枚、出せ」

「はい」

 山田の言葉に頷いて、横須賀はクリアファイルを取り出した。そこから山田の言う一枚を選んで取り出し、山田に差し出す。山田は無言で受け取ると、そのまま木野に渡した。

「有り難うございます。……そうそう、やっぱり写真も無いですよね。ええと写真が載っていない五藤さんですけど、この写真の人、狐ヶ崎研究所と縁があるみたいなんですよね。江崎えざきさん。この間情報ほしいって貰いに来た人でお喋りしていたんですけど、本の趣味があってねー。私が好きな作家好きだったからついつい熱中して……っと、これは話がずれますね。ええとそう、話があって。あの人古い伝承にも詳しかったんですけどよく知ってますねーって話したら、五藤さんの名前が上がって。狐ヶ崎は薬関係で協力依頼した場所なんですよ確か。あっちは認知情報処理なので薬に直接関係はないんですけれど、反応テストの結果とか分析でちょっと試したいことがあったんだっけかな。心理学とか人間対象なのになーって思ったんですけど、反応テストについては結構ノウハウがあるとこらしくて。正式名称は狐ヶ崎心理情報研究所なのでまあそういう研究です。認知情報処理とかコンピュータ関係で、分析した結果をデザインとかに応用、だっけかな。基本的に解析したものを商用システムに取り込む関係なので普段は情報開発チームの方と縁があるのでこっちの棟は珍しくって。ああでも噂では超心理学を扱っているところも実はあるんじゃないかってことなのである意味ではこっちでも――と、話がまたずれてますね」

 突然話を途切れさせ、へら、と木野が笑う。いや、と山田は短く返した。

「続きを」

 端的な言葉だ。受けた木野は、髪を人差し指でくるりと回すとぱちぱちと瞬きを二度返す。

 それからややあって、続きを、と山田の言葉を復唱した。 

「うん、続き、続きを。うん。そうですね、とにもかくにも狐ヶ崎は元々交流がなかったわけじゃないですけれど、本来は別の棟がメインだし、たまにあっちの研究室に関係しても基本的に反応テスト関係で、まーそこまで細かく関わらないんですよね。超心理学なんて言いましたが一応ただの噂ですし。表向きは本当、それだけだっったんです。
 でも薬の話を簡単に説明してから三日後、システムだけでなく資料で協力出来るかもしれない、って提案してきたんです。そうそう、翻訳家は教授から聞いていたんですが、この本自体は狐ヶ崎から貰ったんですよね」

 木野が本に手を置く。それから視線を一度左手側の棚に移すと、うん、と一人で首肯した後山田と横須賀に視線を戻した。

「薬についてあまり説明はしていませんが、本を貰った時に知りたいことについて話は聞きました。廻魂祭りや洞親子に関係する関連資料、その当時の周囲の人たちの話、口述伝承、薬の結果と生成方法、星の情報等々。ちょっと薬と関係ないんじゃないかなって話になって、ちょいちょい雑談しながら聞き出したんですけど。どーにもその五藤さん関係っぽくて。だから狐ヶ崎の人に聞いてみたら五藤さんについては多少わかるかもしれません。まー、適当な推測ですけどね!」

 最後の言葉はあっけらかんとしていた。どうにも話をつらつらと流すように並べ立てた後、それをすべて投げるように声を上げるところが木野にはあるようで、しかし山田はそれを指摘しない。

 山田は無駄を好まないので山田らしい、と言えるだろう。笑う木野に対し、笑い返さないことを除いては。

 揶揄するように笑うでも大げさにため息を付くわけでもなく、山田は眉間に皺を寄せたまま右手の親指と人差し指と中指を擦るようにずらした。

「他になにか気づいたことは」

 抑えるような息と一緒に吐き出された言葉に、木野は頬を掻いた。ううん、と唸った後、肩をやや大げさに竦める。

「細かく聞いてくれないとこれ以上は案内しきれませんね。全部一から百まで聞くなら適当に話しますけど」

「結構です」

「あはは」