台詞の空行

2-12)小山と松丘

 病院にいるとの言葉通り、スーツ姿の男女が駐車場にいた。山田がそちらに近づくのを横須賀は追いかける。

「刑事さん」

「げ、山田太郎」

 平塚と似たような反応をしたのは男の方だった。眉をひそめ口の端を歪めた男は、それから横須賀を見上げる。

「……なんか珍しいの連れてるな」

「ただの事務員ですよ」

 山田の言葉に慌てて横須賀は頭を下げる。事務員、と復唱した男の顔は怪訝そうだ。

「横須賀一、と申します。よろしくお願いします」

「ああ、俺は小山元晴もとはる、刑事だ。こっちは」

「松丘雪絵ゆきえです、同じく刑事。よろしくね」

 小山はまだ戸惑った様子で横須賀を見上げているが、松丘の方は気にした様子も無くまるい瞳を弓なりにして微笑んでいた。鼻の上にあるそばかすが少し幼さと柔和な雰囲気を持たせるようで、横須賀はそれにつられるように微笑み返す。

 しばし小山は横須賀を眺めた後、眉間の皺を深くして山田を見た。

「あんま酷い使い方すんなよ。ヅカがまたアンタに警戒する」

「自分の感情を他人で表現するのはどうかと思いますよ刑事さん」

 小山の瞳は瞼が重そうで眠たげな瞳だが、しかし鋭く山田を睨む様は猛禽のようでもあった。けれども山田は当然のように意に介さず答える。それを受け、小山は大きく息を吐いた。

 小山の指が少し乱暴に頭を掻き、くるくると巻かれた髪がその動きに押されるようにぴょこぴょこと動く。それから降りた右手は左腕の関節を掴み、そのまま腕を組むように左手が右腕を掴んだ。

「俺とヅカのアンタへの評価はおんなじようなモンだ。グレさんがアンタを使うと選ぶことに反対はしないが、反対しないだけでしかない」

「知ってますしまあ正直どうでもいいですね。それで、その日暮刑事から話は通ってるんです?」

「残念ながらな。もうちょい遅れるかと思っていたのにこんな時ばっか早く来やがって……」

 今度は右手で右耳後ろを掻きながらブツブツと小山が口の中で呟く。まだ整理が、とか、情報が、といった早口の呟きは山田に向けられることなくそのまま零れたものを聞くだけに留まった。

 動いていた右手がそのままの位置で止まる。はあ、と大きなため息でそれらの言葉を全て流し消すと、小山は両腕を組んで山田を見下ろした。

「で、何が聞きたいんだ」

「庭の調査をしたかどうかです」

 山田の言葉に小山が眉をひそめた。右手の人差し指が服の皺を深くする。

「……見たが、正直状況的にはさっぱりだ。見たところ何も残ってない。一応土だけ少し拝借しようとは思っているが、場所教えろ場所。タレコミさせるならもっと細かく話せ」

「タレコミの人間と同一かどうかはわからないかと。こちらが見たことを別の人間が見た可能性は考えないんです?」

「んな都合よく行くわけねーだろ」

 小山が苛立たしそうに言うが、山田はくつりと笑うだけだ。それでも話自体を打ち切る様子はないようなので、ぽんぽんと飛ぶ言葉を追いかけるように横須賀はその様子を眺めていた。同じように松丘もそれを見ていたが、横須賀と違うのはしばらく見た後するりと視線が逸れたあたりだろう。横須賀もその視線を追いかけると、どんぐりのような瞳と目があう。

 松丘は横須賀と目を合わせたまま微笑むと、小山から離れ横須賀に近づいた。横須賀が反射のように鞄の紐を握る。

「しばらくしたら多分庭に移動になると思うよー」

「え、あ、はい」

 のんびりとした声に対し、横須賀は短く頷き返した。松丘と違いつっかえながら返された声に、松丘は目を細める。

「新人さんでしょ? いつから?」

「あ、えっと、先週から」

「わー、本当新人の新人かぁ。頑張るねぇ」

 にこにこと笑う松丘に、横須賀は背中を丸める。ひどく恐縮そうな横須賀に、松丘は眉を下げた。

「今回の件ははじめて? びっくりしたでしょ」

「え、あ、……は、い」

 さ、と横須賀の顔色が青くなる。ああごめんごめん、と松丘がその丸まった背に手を添えた。

「怖いこと思い出させたね。庭に行くの大丈夫?」

「いきます」

 ひゅ、と喉が鳴ったものの、横須賀は反射のように声を吐き出した。小さいがそれでもはっきりと落ちた言葉に、松丘が少し目を丸くする。

 それからため息のようにこぼれた息は、微苦笑のようでもあった。

「そうだね、その為に来たんだもんね。……なにかあなたの方で、知りたいことある?」

「おれ、は」

 浮かぶのはやはり、秋、痩せた女性、叶子のことだ。今回の依頼で出会った人たちの無事を確認したい、と思う。けれどそれについては山田が日暮に伝えていたし――叶子にいたっては、依頼とはまた別のものになる。あの酷く恐ろしい光景を見て彼女が大丈夫だったのか気になるものの、横須賀には叶子の関連性が見つけられないのでどういえばいいかわからない。

 黙り込んだ横須賀を松丘が見上げ待つ。小さな黒目が松丘から逃げるように横に逸れた。

「何やってんだデカブツ」

 小山と話していた山田が素っ気なく横須賀に言葉を投げる。びくり、と反射のように肩を揺らした横須賀は、少しだけ安堵したように微笑んだ。

「知りたいことがないか、質問していただいていました」

「それはすでに日暮刑事に話してありますよ刑事さん」

「ちょっと雑談したかっただけですよー。モトさんとばっかりおしゃべりするんだもん」

 唇をとがらせて、不服そうに松丘が言う。山田は面倒くさそうに息を吐き、小山が呆れたようにため息をついた。

 きょときょとと横須賀が三人を見比べると、松丘は横須賀を振り返って悪戯っぽく笑う。

「貴方大抵わからないってなりますよね」

「マツだとそもそも言いくるめられるだろ」

 山田の言葉と小山の言葉がとんとんと返される。むう、と松丘が頬を膨らませる様は小動物じみた丸い瞳も相まってリスのようでもあった。

「だから新人君とおしゃべりしてたんじゃないですかぁ。コミュニケーションですよ、コミュニケーション。置いてきぼり仲間ですぅ」

「勝手に仲間にしないでください。デカブツ、移動するぞ」

「あ、はい、ええと」

「庭の場所教えてくれ」

 山田の言葉に慌ててその後ろを行けば、小山が横須賀を見上げながら短く言った。横須賀の返事を待つことなく山田に並んだ小山の背中を見、もう一度松丘を見る。

 松丘と目が合うとやはりというべきかにっこりと微笑まれ、横須賀は気の抜けた笑みで返した。