台詞の空行

1-2-11)管理

「ガキを抱えるのはアンタだ。アンタが無事なら出来るだろ」

 だからこそ、山田は鈴木の保証をあえて言わなかった。山田の考えが間違っていなければおそらく二人とも問題ないだろうが、誰かを保護することで落ち着く人間もいる。

 ぐ、と身構える佐藤の顔色はあまりよくないが、一人でいたら思考に沈みやすいタイプだと山田は判断した。憂鬱はともするとイレギュラーを呼び寄せる。

「それなら」

 ぽつ、と言葉を落とした佐藤が扉に目を向ける。声を出さずに言葉を待つと、固められた拳が揺れた。

「私も、鈴木ちゃんの部屋に居た方がいいかしら」

「出来るならそれもアリだな」

 出来るなら、という山田の言葉に佐藤が振り返る。山田は椅子に背を預け直すと、顎で廊下側――泥野がいる部屋の方向を指し示した。

「俺は部外者だから知ったことじゃねぇが、にえだと自覚している連中が同じ部屋に泊まっていいのかとりきめとかねぇのか? 夜の間に死んでいた、というのなら、それこそ複数人の方が無事だと考えてまとまって寝たっておかしくねぇだろう。見知らぬ連中でも、命がかかってりゃ誰か知恵を働かせるはずだ」

 あー……と何とも言えない声を息と一緒にこぼした佐藤は、ううん、と唸る。

「今のところ言われてない、と思うわ。この部屋ですって案内されているだけだし」

 ふ、とそこで言葉が途切れる。といっても話す内容が終わったわけではなく、ため息がどうしようもならないものを吐露するようだった。佐藤の様子に姿勢を変えないまま山田は黙する。矢来も特に揶揄するわけでもなく、能面のような顔で口を閉じていた。

「自分で言うのもなんだけど、まあ名前自体で最初から決まってた、って自覚しているメンバーだからね。最初に示されたことを直す勢いまでないんじゃないかな……」

 最後の言葉は尻すぼみのように小さくなって、ため息にもならない息に紛れた。その息が染み渡る前に山田が口を開き――しかしそれは軽薄な笑い声で遮られた。

「……なによ」

 じと目で佐藤が矢来を見る。にやりとした矢来の顔は馬鹿にした様子を隠さず、けらけらと笑った。こうしてみると日暮と似ていると感じたことが嘘のように軽い表情だ。

「いや、中々剛胆に言い切るからつい」

 くつくつと笑いを喉奥にまで引き戻して矢来が言う。強く睨みつける佐藤の視線を気にした様子もなく、矢来は山田に視線を向けた。

「探偵さんが来たときに押し入って、今だってあの気の弱そーな葱つれて男三人とこ押し入って、手伝えることないか聞いて? そこまでやってガチで言ってんのなら中々厚顔無恥だろ。勢いしかねーよアンタ」

「あ、あったま来るわねホント!」

「うわこわ」

 顔を真っ赤にして怒る佐藤にくつくつと矢来が笑う。その笑いの一瞬の間でほんの少しだけ安堵したように漏れた息には気づかない振りをして、山田は大仰なため息をついた。

「ぎゃんぎゃん喚くな。部屋を動かせるならそれでいい、部屋の形が同じようなものなら二人部屋だろ。女二人揃ったところで無理もない。――いや、そうだな」

 山田がふと言葉を小さく落とす。あえて独り言のように下げられたトーンに、佐藤と矢来の視線が山田に向き直った。

 一拍の間でタイミングを整え、山田が矢来を見上げる。

「編集者」

「なに」

 山田の突然の声かけに、矢来は平坦に返した。先ほどのやりとりで日暮と同じタイプではない――いわゆる表情がでないのを無理に表出させるタイプのことだ――とわかったが、それでも矢来は内心が見つけにくい。佐藤の境遇に判りづらく動じた程度には無感動でないからこそ、表情を隠しやすい矢来は少しだけ気を配る必要がある。

「アンタの部屋っつーのに悪いが、そこの女とガキに場所貸してやってくれ。狭いっちゃ狭いが、三人ギリいけるだろう」

「うえ」

「え」

 矢来が嫌そうに顔をゆがめる。佐藤も驚いたように目を丸くしているが、今会話するのは矢来だ。部屋自体は山田達の部屋と同じ作りであり、二人泊まることを想定している。狭くはなるが女二人がひとつのベッドで眠れば問題ないはずである。

「理由は」

「おそらくここが一番管理しやすい。アンタがいればなんとかなるだろ」

「えー……なにそのシンライ」

 ぎゅむ、と寄せた眉の形は日暮に似ているが、日暮以上に拒絶が顔と声にでている。少しだけ山田は笑うと、しゃあねえだろ、と言葉を続けた。

「他の連中とナカヨシコヨシする気はねえし、そもそも予定通り集まった人間達は“誰かが犠牲になれば自分が助かる”と考えておかしくねぇんだ。そいつらが信用できるか考えるよりも、偶然巻き込まれただけのアンタに頼んだ方が手軽だからな」

 日暮の甥であるなら余計、という言葉を内心で続ける。日暮に対してネガティブな感情があれば別だが、最初の会話で見えたのはどちらかというと得意げな色で好意的な感情だ。

「でも鈴木ちゃん、部屋に戻したんだしカモネギとか言う男って流石に」

 佐藤の言葉を、矢来の長いため息が遮った。不服をそのまま口角に乗せてその重みで大仰に下がったような佐藤の顔はわかりやすい。対して矢来は面倒をそのまま吐き出したのはため息だけで、先ほどの露骨な眉はもうなりを潜めていた。

「一応言っとくケド、多分俺一番安全だと思うぜ」

「私に興味なさそうではあるけど、鈴木ちゃんもいるし正直アンタの態度信用しがたいわよ」

 猫が唸るような佐藤の物言いに、矢来は肩を竦めた。信じる信じないはアンタの勝手だけどな、と続けて、手元の日記をベッドに置く。

「俺は分厚い女にゃキョーミねぇの」

「ぶあつ……!?」

「男も対象じゃねーぞ。俺がソソられるのは紙の厚さ分だけ」

「や、ややこしい物言いしないでよ!」

 うるせぇぞ、と山田がぞんざいに言えば佐藤が呻く。分厚い、という言葉で体重を気にしているようだが、山田から見て佐藤は十分健康的な体格で痩せる必要はないように見える。それでも気にするのがオトメゴコロ、というやつかと内心で勝手に納得しながら、珍妙な告白に山田は腕を組んだ。

 はあ、と佐藤が耳に降りてしまっていた髪をかけ直す。

「所謂二次元のなにがしってやつ? 自己申告信じるのもアレな気はするけど、いいわ、もー……そもそもこの部屋大声出せば外に聞こえるだろうし。腹括るわよ……」

 がっくりと疲れたような佐藤に対して矢来は相変わらず飄々としている。話は済んだか、と山田が腕を解くのと矢来が見据えるのはおそらく同時だった。

「そういう訳でアンタの都合通りに行くわけだけど、俺、初対面の人間と同じ部屋は普通にストレス溜まるんだよね」

「だろうな」

 なにが望みだ、という問いはあえて口にせず山田は横柄に答えた。うなだれていた佐藤が不思議そうに顔を上げる。

 矢来はベッドから立ち上がり、山田を見下ろした。

「カモネギコンビは初対面っつってもなんとかやってるし。俺の不満は多いわけだ」

「ご協力感謝します編集者殿」

「うん」

 矢来の遠回しな物言いに対し山田が慇懃無礼な謝辞を述べると、矢来はこくりと頷いた。平坦な首肯は、するりとあの好青年じみた笑顔に代わる。

「だからさ、俺にも付き合わせてよ」

「あ?」

「やることいくらか目処ついてんじゃないの? それに付き合わせて。カモネギのお守りは深夜にいりゃいいだろ」

 ねえ探偵さん。そういう矢来の目は真っ直ぐで、見下ろす黒の平坦さに山田は眉間に皺を寄せた。