序
* * *
もういーかい、まぁだだよ。
もういーかい、まぁだだよ。
繰り返される音は、幼子と言うには遠い。そもそも声の主を少女と言っていいのだろうか。寝間着を思わせる派手なピンク色のトレーナー、マジックテープで留められる薄汚れた靴。子供の病院着のような格好は、彼女の居る場所には合っているかもしれない。それでも、それでもだ。
だぼついた服でも隠しきれない体のラインは十二分に大人のものだ。だから少女には見合わないようにも思える。けれども少女の語調は明らかに幼子だ。いびつなあべこべを作る少女は、病院の中庭でひとり言葉を繰り返す。
もういーかい、まぁだだよ。小さく呟きながら少女は低木の影に座り込むと、ようやく、「もういいよー」と声を出した。
その声は、先程からずっと変わらない。小さな声。届かない音。
もういーかい、もういーよ。もういーかい、もういーよ。
同じ言葉が一回、二回、三回、四回……たくさん。ややあって少女は口を閉じた。立てた膝に手を乗せ、頬をつける。長い髪がさらりと少女の膝を世界から隠した。少女の手には大きい革手袋は少女の柔肌に堅かったが、少女は気にしなかった。
「もう、いいよ」
声は抱えた膝に呑まれくぐもって、結局何処にも届かない。
「……かみさまがいるから、だいじょうぶ」
選ばれなかった子供は、そうしてうっそり微笑んだ。