※性質上、ネガティブ・後ろ向き・自己否定などを含んだ発言や、家庭の事情を含んだマイナス情報が存在します。
ご自身のメンタルを大事にしてください。
また、なんらかのアドバイスを求めたものではなくあくまで自己理解を深めるために行っている思考の言語化です。
本人は結構楽しく思考をこねていますが、その思考が正しいことはなく、個人(自分)にあてはめたものであり、読み手が気に病んだり自己否定する理由にはならないことを十分に理解したうえでご閲覧願います。
小説を書くけど絵も描くよ、のタイプがこねているため、絵の話に小説の話も不意打ちで混ざります。気を付けてくださいね。
長々と付き合っている焦燥感
ここ数年、というか、最低でも五年以上は同じような内容で焦っているのに何も変わっていないなあとか、メンタルによくないな! という気持ちです。
その都度言語化して宥めていたんですけれど、今回も言語化して宥めるタイミングっぽいなあと思ったのでキーボードを叩くことにしました。ネガティブを吐き出すほうがつらいとか、自己否定的な言葉はその人を固めてよくないとかありますが、私自身はどっせい思考の整理じゃ~~~~ってするタイプなんですね。
メンタル沈み切っているとやべースパイラルですけれど、まあ創作的メンタルはネガティブにいっていますが他は結構健康っぽいので、やるなら今だぜ! くらいの気持ちでカチャカチャキーボードを鳴らしています。
これまでよりも結構内側をぐちゃっとぐるっとしていえーいするつもりなので、読む人は気を付けてくださいね。
それにしてもずっと治らないなこの焦燥感! とはいえこの焦りについては、じつは掘り下げなくても昔の私が結論出していたんですよね。そしてこの結論とどう向き合うかがその都度変わったりするんですけれど。
今回はちょっと変えたいな~~~~~ってしています。はてさてどうなるかなあ!
なんて言って焦燥感の内容について触れていませんね。ずっと付き合っていてちょこちょこ言ってはいますが、ご存じない方が読む場合も考慮して簡単に言いますと「作品を作れない」です!
「作品を作れない」となぜ思ってしまうのか
そもそも作品とはなんじゃらほい!
辞書的な定義は置いといて、人によってたぶん、なにを作品というか基準が変わってくると思うんですよね。人により・対象によりとも言えるかな。たとえば自分がメモ用紙に書いたらくがきは作品でないけれど、有名芸術家のそれは作品だみたいなのとかもあるかもなので。まあ今回は対象によりの部分は置いといて、人により――私にとっての作品のお話をします。
私にとっての作品は、(作品というとすごく大仰に聞こえてしまいますので実際使う場合はもっと別の単語にしたりする気もしますが、この、「作品を作れない」において)手放した結果です。
なんだその抽象的な、という感じですが、あのー、私はですねぇ、「これが好き!」「こういうのがあるんだ、こういうことはどうなんだろう」「これおもしろいよね!」「こんなのが浮かんだ」というような、自分の中の「かきたい」を手放した結果が作品なんです。らくがきであろうがなんだろうが、手放したもの、が、私の満足なんですね。書きたい・描きたい。書いた・描いた。すごく単純、これだけ。「かきたい」の「結果」。それを私は求めているんです。
そう、私は作品を技巧で見ておらず、実は、「結果としての満足」でしか見ていないのです!
じゃあ「作品」、作れるはずじゃん。ネタがないの? やりたいがないの? と思うかもしれません。
それを説明するには冒頭にあげた注意事項、ネガティブ的な話が入ります!
お前、技巧で見ていない言ったのに? とか思います?
あのですね~~~~私はね~~~~~~私は技巧がわからず満足で生きてきたんですけどね~~~~、人目に付く場所に置くと、そうじゃない人と出会うよねという話で、しかも私がそういう出会いにめちゃくちゃ弱いのがあげられます!
そう、自覚しているのですが、はちゃめちゃによくない外的因子きっかけのネガティブ思考が根っこにあるのです!
もっと丁寧に描けばいいのに
私は「描くのがしんどくなった」の時期について明確に自覚があるタイプです。かけなくて苦しい、という経験だと上達しようと思うたびになっていつからか覚えていないとかあるかもしれませんが、私の場合は前述したとおり外部からきっかけが降ってきたので覚えているんですよね。
私は現在オリジナル創作をしていますが、最初は版権ジャンルで活動していました。その時期、過去にいくらかお言葉を頂戴する機会がありまして、その中でしんどかったのが「もっと丁寧に描けばいいのに」ってお言葉ですね。私の創作が好きだと言ってくれた、当時親しかった絵描きの方から頂戴しました。
Fooooooooooきついぜ!!
いや、まあ丁寧に描けばいいのにと言われる作品ばかりだったのは事実です。当時「手書きブログ」というサービスを使っていたんですが、今よりもだいぶ機能が低い状態のサービスでして、私はそのサービスの機能の少なさを好んでいたんですね。
「ガッツリ描くならイラストソフトを使うだろう。こんなにシンプルなんだから気楽に描いていいよね。小説を書くような感じじゃないネタ系をいっぱい描こう。描きたいがいっぱいある。」そういう気持ちで二次創作をしていたのが私でした。ネタ帳です。かけたらご機嫌になる手放す場所です。線はざかざかしているし、文字も汚いし、細かい描写もないし、でも、描きたいお話を書き出せる楽しい場所でした。
――もっと丁寧に描けばいいのに。
丁寧に描く時間があったらネタを吐き出したいんですね〜〜〜〜〜〜〜〜!
そんな言葉を返せたらよかったんですけれど。当時めちゃくちゃ親しい関係の人で、善意で、私は人が思う以上に「〇〇しなきゃ」の呪いを抱えやすい人間でした。
速度、激減。
丁寧に線を一本一本整え、モノクロでも塗り分けをし、一コマに時間をかける。
そういうことが、出来てしまうんです。クオリティはおいといて、丁寧に描く、は誰もが出来ることで、それを継続しきれるかは人によるかもしれませんが、私は出来てしまう人でした。
描きたいものは流れていきます。速度が追いつかないのだから当然です。
もっと丁寧に描けばいいのに。それは強制ではなかった、ただの親切な言葉ですが、「楽しく描くだけじゃだめなんだ」「丁寧に描かないとだめなんだ」と自分を縛るようになりました。
なんと私、そうして泣きながら頑張ることが、出来ちゃうんですよね……最終的にメンタルパーンするんですけど。今はそこまで神経質になってませんが、それでも色を塗らないとだめとか私の落書きはだめみたいな思考があります。実際言われちゃったし、見目、良くないんすよね……それはわかる。
ちなみに「もっと丁寧に描けばいいのに」と言った方は、絵チャ(リアルタイムで絵を描くキャンバスを共有するサービスのこと)のときに私が「もうわからない、これ以上は無理、頑張れない、これでよしにするーーーおしまーい」と終えた絵に「もっと頑張れるよ」と言った方でもありました。なんか多分私の雑さがもったいないと思っていらっしゃったんでしょう。ちなみに私は頑張るのが嫌いなのに頑張ることができちゃうタイプで、私は手放して次のかきたいに行きたいのに駄目なのか……としょんもりしました。まあその絵チャでは頑張りませんでしたけど。だって絵チャ(リアルタイムで複数人でお絵かきを楽しみ消す当時はレイヤー機能すらなかった共有キャンバス)だぞ?
さーてこの丁寧に描けばは立派に胸に刺さった杭なんですけど、このひとかただけでなく、なんというか私はこう、善意のアドバイスを聞くことがいくつかありました。人を変えタイミングを変え。
描けないなぁと唸ってるとき、具体的なアドバイスをもらう、のではなく、模写をしたらとかデッサンをしたらと言われたりします。私はこの絵をどうにかしたいんだけどお前は絵を描く前段階だと言われているんだろうか……模写をするのは好きじゃなくて、何度やっても挫折して、がっつりとした模写というより簡易的なものでポーズカタログを一冊やりきって、もう無理、しました。これはやりたかったというより「やってもこの程度だよ無理だよ」という言い訳をするためで、非常にネガティブな動機で何度目かのチャレンジの時に完走しました。
完走したあと、別に悩んでも唸ってもいないのに「ポーズマニアックスってのがありますよどうですか」と別の人にお勧めされたりもしました。
やってもやっても、お前は作品を作る前の筋肉がないんだよ、と言われている気持ち。いつになったら私は許されるんだ??(被害妄想)です。完全に、外的要因に対して私は何も渡せないのです。言い訳をして逃げたくて頑張りたくなくて、絵も描く文字書き、絵描きじゃないと自称しました。絵描きのように頑張り続けられない意味で言いました。
まあそしたら別の人からそういうネガティブ良くないよと言われましたが! あっはーーーー単純に私が嫌われてるだけでは!?(歪んだ認知)
模写とかがんばってたときも、そんなことしないよー(むりしなくていいんじゃないかなーのニュアンスで)と言ってくださる方もいましたが、まあそもそもこの初歩レベルのやったほうがいいってアドバイスもらってる人、観測範囲で私以外にいないんですねぇ! 私が力ないから言われちゃうからもう単純に私の力量で遭遇するし、しないですむひとはそもそも許される側であり、とはいえ傷つくからもう遭遇したくないですねぇ! 絵描き《おまえら》ほど頑張れないから絵も描くけど文字書き主張なんですよねぇユルシテ!!
なんか色々積み重なって「手放したい」「けどこれじゃだめっていわれる」「好きでやってみるものに頑張れって言われるとしょげるめげるへこむ」みたいな弱メンタル怠惰の民、爆誕。私の不足で作ったものがなんか言われても凹む。なんかもう、手放したいだけでは足りないらしい。でも頑張りたくない。これを書き上げて次に行きたいのに、もっと頑張らなきゃいけない。いつになったら手放すまで行けるの? 作品作りじゃない模写、デッサン、ポーマニとか、いつまでやらなきゃなの? 自分からやりたくてやるじゃない、そういう、やったほうがいいって、いつ、いつまで、ゆるして、もう、もう無理です……。
ひえーネガティブすごいですね、でもだいたい私は怯えて許しを願っています。ちょいちょい元気に威嚇もしますがね。なんというか、最短距離でうまくなりたい感覚がそもそもないのも理解されにくいのかもしれないです。わっはっは。いつになったら作品にいけるのってしていたらなにもかもわかんなくなってぐっちゃにもなってます。わーい蛇口ががちごちがっちで硬いねぇ!!
そもそも上手くなりたいと思わない
最近気付いたんですけど、もしかすると「上手くなるために頑張らない」のはレアなのかもしれません。そのレアモンスターが私なんですけど、周囲を見ると技術とか上手にとかこれくらいは最低限って言葉が溢れているので私の考えまじで想像の範囲外で色んな齟齬が起きているのかもしれませんね。
前述したように、私の創作燃料は「手放したい」なんです。もっと細かく言うと、「読みたい」「見たい」「書・描きたい」なんですが、クオリティはさほど考えておらず、かけたらいいんですよね。自分が自分に思うのは手放したい。かけば次にすすめるんです。かきたい情熱で溢れていて、私は書かないと見えないものも多いから、かけたらそれで良くて。
でも、それは中々レアな感情のようです。上達が良いこと、上達する場合も無駄な試行錯誤よりも適切な道を選ぶといい、みたいな形で親切なお言葉を頂戴するようです。
私は完成すればいいし、楽しいからいいし、頑張りたいときは試行錯誤するのが大好きなんですけれど。そして、頑張りたいときはいつもじゃなくて、稀にしか無いんですけれど。
なんだかそれは、他人からすると勿体ないようです。
ゆ、ゆるされたい〜〜〜〜〜〜〜!
自分の根本がこれなので、私は私の基準を信じられなくなってしまいました。私は好き、完成、おしまい。優しい人はいいねって言ってくれることがあり、もうこれでいいんです。
いいんですが、きっとまた、どこからか言われる。足りないと。だって私は分からないので。上手への情熱が無いので。
頑張っていない自覚があります。もしくは、頑張っていても足りていない自覚。面倒だからとした自分の怠惰も知っているし、楽しいだけでかくのも頑張っていないになる。そうしたらまた、私がご機嫌に作ったものに、私の好きになにかがくる。勿体ない・足りていない。そういうジャッジが来る。私の不足で、私は私の好きを台無しにするのです。
私は作品を作れない。
あんなに、ありすぎて追いつかないくらいだった作りたいが遠く遠くなって、あるはずなのに形になりません。だめだ、これじゃだめ。わかんない。どうすればいいの。かきたいのに。作らなければ読めないのに。しんどい、くるしい。
それでも作りたいから頑張って、でも基礎をすすめられ、泣きたい気持ちなのに諦められない。誤魔化すように描いて、気持ちが過去をぶん投げられる時だけチャレンジして、でもまた止まって。
そんな自分の思考が不健全で、またこれも好意的な周囲に失礼だと罪悪感を持ち、でも私は匿名じゃなく親切で、私の絵が好きという人にそういうことを言われて。どうすればいいのか。どうしようもなく苦しすぎて、苦しいということすら罪悪で、わかってはいるのに、ずっと、ずっと。
それでも私は作りたい
認知の歪み不健全!! としながらも、ずっと言い訳をしながら描く行為を握ってきました。結局のところ小説だけでなく絵を描くのも好きだから、創作を手放せなかったのです。
自分が持っている拗らせはいくらか自覚があります。
文章でも、そんな長いの読む気にならない目が滑る、宣伝するなら短い話を書いたほうがいいと余計なお世話……アドバイスをいただくことはありましたが、まあそっちは私の創作を読まない人だったので普通に小さな親切大きなお世話にできたんですが、絵は私が大好きな方で、私の創作を好きといってくれていた方が最初だったので、多分いろんなものがぐちゃっとあるんですね。あといろいろ経験不足の時期でしたし。ほんとひとりで楽しい祭りでいきていたので。
自覚していて、認知の歪みだ思ってぶん投げたいものの実際力量がなく、やってもやってもなんかたまに親切に遭遇し、はい。うん。認知の歪みで逃げてるだけで私が私に甘すぎて世間からたしなめられるのです。はい。
でもさーーーーーーー趣味だが!??!?!?!
下手だろうがなんだろうが成長伸びしろ感じられようが私は描きたいだけだがーーーーー!? お金も取ってないんだがーーーーー!? 頑張りたくないよ頑張りたいときは好きなタイミングで苦しむもんーーーーー!!
親切でも痛い!! 親切なアドバイスされないように考えて自衛しようとしてクソみたいに正しいを求めている!! 怯えすぎて背景絵を描くのに寸法から調べて設計してモデリングしたの下描きに使ってる!! 死ぬほど時間かかってる!! 嫌だーーーーー!!!!!(このメイキングもいつかあげたいです死ぬ)
モデリングは好きだし、模写も簡易なジェスドロよりも描いてる程度なら楽しくなった、なったがやらねば意識は無理!! 創作をしたい、私の創作は物語をかくことです!!
このあたりで前進しましょう。くそが、私の歪みも怠惰も受け入れて戦うのです。
そもそも私は母に「文章題が出来て漢字が出来ないのはずるいやつだ、頑張っていない」と言われて育ったので頑張っていないについてめちゃくちゃ後ろめたさが癒着している(しかし漢字も一,二個間違えただけでそう言われるの理不尽では)のですが、あの野郎に言われたことが余計相乗効果を出していると考えると悔しいですので余計なんとかしたい。まあやつの件は正直簡単にどうこうはならない呪いとは思っているものの苦しみ続けるのは腹が立つので、でけー杭と一緒にぶん投げましょう。好きなもんだけやらせろ〜〜〜〜〜〜〜。
現状と向き合う、リハビリ
さーてクソ長いめそめそを披露しましたがここから分解作業です。ストレスとは理想と現実のギャップで生じます。
・手放す速度を上げたい
これがはっきりとした願望です。ただ、ここに現状理解を入れます。
・昔の反射力は衰えほぼ死んでいる
この事実を受け入れず、昔のように戻りたいとメソメソしていたのが無茶だったのではと思います。速度を上げるためにテンションが平気なときささっとかきやすいブラシとか作って遊んでいたのはいいことですが、意識してリハビリしましょう。
①顔だけでもいい
②色を塗らなくてもいい
③線をきっちりしなくてもいい
④ラフなものでも物語は物語
意識するのはこのあたり。①〜③は試しています。好きな顔を描くとか、キャラクターの顔を考えるあたりで、その顔自体に満足を持たせるとやりやすいなと思いました。
問題は④です。今の私にははちゃめちゃに難しい。
多分、物語に水を掛けられたくない意識が抜けきっていないのでしょう。顔を描いたとかではなくイラストとしてなりたつ一枚絵や、漫画のようなものを描こうとすると身が竦むのです。元気に勢いがないとえいやができない。
とはいえ、これこそリハビリかなとも思います。多分意識していかないと難しい場所。
・モデリングをして作る時に、作り込みのレベルコントロールを考える(イラスト)
・完成品考えずにまずセリフを置く(漫画)
・体裁はあとから考える意識を持つ
今できる範囲だとこのあたりでしょうか。漫画についてはずっと考えてアナログ準備をしていますが、別件で背景絵を描いていて時間が取れていません。取れたら、くらいの気持ちでいますが、そういうところが失われし瞬発力なんだよなあとも思います。でもあまり無茶できませんからね。
はーーーーーーゆっくり一歩ずつでいいから取り戻すぞ〜〜〜〜〜〜〜!!
(執筆:2025/02/13 公開:2025/04/02)
(追記:2025/04/02
じっくり寝かせている間絵のことを分析して色々見えたこともあるので、そういう記事も書くかなにかしたいですね。とはいえ今は時間がないのでお守り程度です。のんびりいこ。)