【メイキング】思考の言語化タイムラプスお試し版(題材「カラスの尾羽」)

 ざっくりパターンを羅列しましたが、パターンAとパターンBについては書き出し数行で「これは違うな」と思いながら書き進めています。これについては「違うけれども状況をイメージするのに一回書いてしまった方が楽だろう」という考え方です。お話を書く前の下準備的な、状況説明と言うべきでしょうか。台本のト書き部分や、演出のための話し合いみたいな感覚でとりあえず下地を整えるためにざっくり書いています。
 違うな、と思っているのであまり長くは書きませんが、そのワンシーンのために必要分は書きながらこねている感じですね。書き出し三行、にはあまりにも説明的すぎて没にしています。
 ただ、ここでうまくイメージができれば書き出し三行にこだわらず進めてもいいと思ってます。私自身あまり書き方にこだわりがなく、いつも書き出しなどにこだわっていないからです。今回はお話を書くのにきっかけが絞れず、見える範囲が広すぎるからしばりを作って書き進めようとする手段なので、手段を優先して目的を忘れる必要はないと思っています。
 それでも「違うな」としたのは説明部分が面白味がないのと、自分が「いいな」と思った「髪が絡まっているシーンからはじまる」の理由が物理的距離の近さによるちょっと息を潜める感じと、それでいて心が近くないのでどこか遠のいているギャップによるからです。私は物語でかわいらしいカップルをみるのが好きですから、距離が近いとやはり目を引くかな、という感じでその部分がAとBでは足りないからですね。正直に言えば亜樹と光介にそういうどきりとした感覚はあまり持てないのですが、他の作品のキャラでおっと思うものは誰かが同じように彼らに思うかもしれないですし。
 パターンCは距離が近く始まったので、「そうそうこれこれ」と思いながら書いています。ただ表現が面白味ないかなと思ったので、一連のシーンをイメージした後最初の方で使ってました「見目の描写を動作で演出したい」を持ち込むことにしたのがパターンDです。正確には、今回のシーンで行うのは「見方で動作や状況、性格の表現」ですが。前述の見目の描写を動作で、は、動的なシーン故にスムーズにいきました。今回のシーンは動的というより静的ですので、じっと眺める様子から二人を演出する方向ですね。
 そのためCで書いていた「動くに動けず」という表現を削除しています。これは状況でわかるってのもありますね。距離を演出するどきりとした心地、を強めるためにカメラをだいぶ近くに寄せています。「人の良い微苦笑」については最初から亜樹の性質を見せるために明言し、しかし人当たりの良いより短いのはこのワンシーンを短くまとめる為です。冗長さは切っています。短いと始まりの合図のようで好き、と先に述べましたが、「どうしてこんなことになったのか」という一言で主人公の状況が主人公にとってのぞましくないことを述べた後、人の良い微苦笑、と続けることで主人公からカメラをすっと少し引きます。そうして引いた分光介が入るわけですが、「眉の流れすらもわかる」と書くことでカメラが亜樹の後ろに回り、光介の伏せた顔、それも顔立ちを理解するには近すぎるアップをまた作ります。亜樹アップ→亜樹の顔を見る距離、写り込んだ光介はおそらくほとんど誰かもわからない、影が差すくらい(カメラが亜樹と光介の間にあったと仮定して)だったのを、その影の正体をみるように引いたカメラがくるりと振り返り光介の顔がある、くらいの一連の流れを短い間にぐるっとします。ぐるっと動いていますが歩数はほとんどないですね。この一息で亜樹と光介、メインキャラクター二人がでたのでだいぶ満足です。
 一連の流れできれいに収まりきったので、ここで台詞を差し込みます。近すぎた距離をまた離れる為ですね。声って言うのは合図だと思っていて、テンポが変わる、またははじまる心地で好きです。
 眉の流れすらも、で二人の距離が演出できたので定規は必要なくなります。また、「千切った方が」ということで読み手にどう状況が伝わるかわかりませんが、とりあえず「どうしてこんなことになったのか」という主人公側が雑であることは多少伝わるといいなあとか思っています。○○な方が早い、とか楽、を選ぶ場合は丁寧よりも効率的な印象ありますので、対比で言われた側が手間を選んでいることになるかなあという感じです。何度目か、でそこそこはじまって時間がたっているのと言われた側にとって真剣なことなのだ、が一緒に伝わるといいなという感じですね。
 ため息代わり、などで亜樹の「どうしてこんなことに」が多少ネガティブ、また早いを重ねて面倒さが伝わるといいなあと思っています。それでいて笑うだけのところもさしこんでおきます。こいつ常に笑うんだよ、はしつこく繰り返すものです。せっせ。
 カメラが二人の状況を示した後、また内心の表記で亜樹に近づきます。光介と亜樹の対比と亜樹の雑な感じがでていますね。しかしこれだと亜樹の「良い人」と言われるところがなかなかでません。困った。といいつつあんまり困ってないです。
 元々は亜樹のその「良い人」を「他人にとって、世間にとって良い人」と「友人以外どうでもいい人」とまぜた、実際の軽薄さを描くために必要としていました。そして光介視点なので、違和感から本質を知って、それでもなお、を書こうとしたんですよね。でもこれ、亜樹視点で演出すると正直くどいです。ぐだぐだする。良い人っぽさに面白味がないので、「良い人と言われているが本当はどうでもいいんだ」の、良い人部分は伝え聞くくらいの実感しない部分にしようと思いました。光介視点だとこれがちゃんとできるからも含めて過去の私こだわったような気もするんですが、別に亜樹の「良い人」にこだわらなくてもいいかな、というのが現在の感覚です。
 実際亜樹にとって、「良い人」と言われるのはひどく実感から遠いんでしょう。過去に向けられた恋慕の情が理解できなかったように、そして恋慕の情をむけたくせに勝手に死んだことに嫌悪に近いものをもっているように、自分と他人の見え方や感じ方の距離があり、よけい軽薄なんだと思っています。だとしたら、向けられる誠意を理解できず、少し距離がある。どうでもいいひとを主体として、そういう亜樹が「良い人」と言われること、それがたとえどうでもよくても取り繕っていても、受け取る人にとってはその人の感情が一番であること。友人以外がどうでもいいとする、自分すらもどうでもいいとする亜樹に、それでも貴方が接した人は、という可能性の提示をすればいいや、と思いました。そのため開き直って、「面倒」を内心で言わせています。面倒、と感じる時点で、なにもかもどうでもいいわけじゃない、喜びが薄くても面倒や楽といった思考があるなら快不快はあるのだ、という部分です。
 さて一連を書きましたが、読み返しておかしいと感じたらその都度直します。私は平日の三十分で書くのを繰り返すようなリズムで執筆していますが、書くときにたいてい前回の文章をさっと流し読む癖があります。なに書いたっけ、というのもありますし、一度読み返した方がリズムが浮かぶからです。ポメラで一万文字オーバーくらいまで書いたら次のファイルを作成、といったペースなので前話毎回読み返すわけではないですし、六千文字を越えると全部読み返して作業とするには時間がかかりすぎるので読み飛ばしますが。これは書くための準備体操だったり、単純に読んで楽しいからと言うのもあります。平和です。
 さて読み返して「亜樹と光介を繋ぐのは、透いているとはいえ無駄に長い亜樹の髪だ」が冗長かな、と思いました。「長い髪」を強調したいので、先にこの単語だけぽんとだして、透いているについては補足でいいかなという感じですね。「無駄に」は実際のところ亜樹の信念ではなくネガティブな理由で長い髪なのでこれはこのまま残しておきます。
 ぶっちゃけ髪の透いている透いていないなんてどうでもいいっちゃどうでもいいんですが、キャラの絵として描いてある外見が気に入っているのでつい入れたくて、自己満足で入れます。ただ、順序は換えておこうってかんじですね。
 ただそうすると、次の文章で「透いているとは言え随分と質量のある髪」といれることで次の文章がちぐはぐになります。困った。もうここは変えちゃった方がいい気もしますね。

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 亜樹と光介を繋ぐのは、無駄に長い亜樹の髪だ。透いているとは言え随分と質量のある髪を、扁平な指が慎重に摘んでは逃げられる。
 光介の短い爪は光介自身のボタンを押し上げる程度には向いているが、
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 ん、透いているがクドい、気がします。どうしても入れたいんですがこれ削除した方が無難でしょうか。うーん、困った。

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 亜樹と光介を繋ぐのは、無駄に長い亜樹の髪だ。ボタンに絡んだ亜樹の髪を、光介の指が追いかける。
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 短くなりましたね。距離はすでに眉の表現で伝えていたので削除、指が追いかけるとすることでうまく摘みきれず逃げられている様子を表現することに切り替えました。動作を出した後、「扁平な指」表記に移る形ですね。
 ただ、ここでカメラが「追いかける」となったことでぬるりと動いたので、「向いていない」の現在進行形が違和感となりました。個人的な感覚ですが、少しせわしない印象になったので「向いていないようだ」とします。なんか「内心の嘆息をこれ以上微苦笑に~」のくだりが違和感なんですが、まあ、また別の日の私が直すでしょう。直さなかったら馴染んだということなのでそれもありです。
 少し補足なのですが、個人的に文章を書いているときは視野が狭くなる自覚があります。書いていて筆が乗っていると猪突猛進で一気に書き上げてご機嫌になるのですが、苦手なシーンや悩んでいるシーンだと視野の狭さが災いして、「一カ所の違和感で全体の心地よさがわからなくなる」という症状になってしまうのです。
 これまでの経験上、「その場所の違和感を流してでもとにかく書き上げてしまえば全体としてはちょうど良いリズムになる」というケースもあるので、あまり違和感にはこだわりすぎないように、というのが自分にとって大事な指針でもあります。神は細部に宿るといいますが、短編ではないのでどちらかというと全体のリズムの方が大事なんですよね。今作はそこまで長くしないつもりなので多少こだわる方がいいかもしれませんが、それでも数万文字のものですし、とにかく書き上げるが目標なのでこの指針は変えずに持っています。
 絵描きさんで言うなら「画面の拡大をして線のずれを細かく直していたけどそうすると全体の勢いが死ぬ」とか「きれいになったはいいがそもそもきれいにしなくても全体的にその工数に見合った見栄えにならない、あまり変わらない」って状態にはまりこまないように、どうにも違和感の時はとにかく書き上げてしまう、という考え方です。
 閑話休題。そういうわけでとりあえずこの段落はよしとしました。また読み返したときに思いついたらたまに引っ張りますが、次に進みます。ざっくりとはじめの三行的な部分を整えたので、状況の補足ですね。状況の補足は、現状なぜ二人が一緒にいるのかという点と、光介の亜樹への感情を読者に示唆する部分を最初につっこみます。ここはわかってていいところ。亜樹はわかっていないところ。「主人公と読者の知っていることを揃える物語」と「主人公は気づいていないが読者は気づいているため、ある程度予想できる中気づいていない主人公のずれを楽しむもの」があると思っていますが、今作は後者なので最初にぶっこみます。

—–本文—–
 涼香《すずか》と照信《てるのぶ》、西之《にしゆき》の三人は行ってしまった。涼香を待たせるのは亜樹の本意ではないのでそのこと自体は問題ない。ただ、たかが髪が絡んだ程度にも関わらず男子二人がそそくさと涼香に先を急がせたことが気にかかる。
 照信が涼香を好いているからこそ、巻き込まれる形で付き添っている亜樹が邪魔なのはわからなくもない。これまでの様子から涼香に害を成すとはあまり思えないので光介の好きにさせているのだが、しかしならば西之も一緒に残るものではないのだろうか。もしや西之も涼香を好いていて、なにか悪巧みをしているのならば。浮かぶ懸念が少しの揺らぎを生み、光介の指がまた逃げた髪を追う。
 零れそうになったため息を、亜樹はなんとか飲み込んだ。このままだといつか飲み込み切れなくなりそうだ。髪が絡んでしまった光介はただの被害者で、亜樹は微苦笑以上の不服を出す立場ではない。
 身動きがとれないまま、案じても仕方ないだろう。なにかあれば連絡が入るはずだ、とポケットの携帯電話を押し撫でた亜樹は、揺れ逃げないように自身の毛束を持った。
 長い髪だから多少亜樹が身じろいだところで問題ないと思っていたのだが、たびたび光介の指が追いかけると言うことは多少影響があるのだろう。少しでも解きやすいよう固定した亜樹に、光介が顔を上げる。
「…………」
「千切りませんよ」
 心配そう、と言うには表情が読めない光介の視線に、亜樹は微笑んで返した[微笑んだ、のほうがリズムとしては心地よいのだが、微笑んだだと自発的な好意感情が強くみえる。あくまで「微笑んで」「返した」として、相手に見せる表情(内的感情ではなく外的要因に合わせる形)を強調]。じっと見据える瞳は静かで、光介の口数と同じく語るものがほとんどない。亜樹の返事は、その瞳の訴えと言うよりは視線の動きによる推測で成したものだ。それと、何度も重ねられた否定の事実。ただそれだけ。
—–本文—–

 光介と亜樹は元々二人きりであってた訳じゃないよ、という状況説明と、亜樹が光介の好意に気づいていないけれど友人たちは気づいているかもね、という要素をいれています。気づかなくても良いけど恋愛ものとしていれば気づきやすいかな、気づいてくれたらいいな、の案配ですね。まあ気づかなくてもどんどんいれますけど、最初に「片思い」「仲間は応援」「思われ側は気づいていない」というお話の要素を出しておく形です。こういうのが好きな人おいでおいで。
 亜樹は友人のことばかり考えていて、そんな亜樹の髪を根気強く解こうとする光介、亜樹はそれがどうでもいいという状況描写。ため息を飲み込んで外面だけ整えて、そして亜樹にとって光介は理解できないものという説明と、「ただそれだけ」で亜樹の無関心をいれていますね。それでいて相手のことを推測して対応している事実。対応すらどうでもいいけど、対応してもらっている方はされないよりは望ましいでしょう。とりつくろっていたとしても、受け手がいるならそれは無意味じゃないよを積み重ねるための描写をいれています。
 ここで自身の髪を持ってくれたので、髪についての説明とその髪へのどうでもよさを入れます。透いたをここでぶちこもうって感じですね。遅れたけどまあいいや。すでに事実として髪への執着の薄さは書いていますが、それを補足しようという形です。解く時間経過を黙々とさせるよりは思考をして流す方が、無駄に時間がかかってるんだなという印象になるかなーってあたりですね。時間経過、大好き。

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 それだけでしかない、程度に亜樹は光介を知らない。照信の付き合いである二人の内の一人。照信をなだめたり涼香に笑いかけたりする西之と違い、涼香にほとんど話しかけない姿から「付き合わされている」という言葉がぴたりと合うことくらいしかわからないほどに、亜樹は光介を知らない。少し物珍しいくらいに控えめだと思う程度だ。
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 とかいいながら最初に光介について書いてますね。ただそれだけ。で切った後髪に進むにはちょっと持っただけじゃ弱いかなってかんじでとりあえず入れました。光介の描写の後に亜樹の髪かな。光介が亜樹の髪を千切りたがらないので思考の流れとしては光介→光介が気にする髪、でいい気もします。

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 そもそも、付き合いだろうがなんだろうが、たいていは涼香に話しかけること、話しかけられることを喜ぶのが自然だろうに。亜樹の内心は友人の欲目ではなくこれまでの経験から当たり前に浮かぶもので、けれども光介は涼香との距離を埋めない。涼香の見目や頭の良さ、言葉選びのセンスなどは客観的な事実として魅力的であるにも関わらず、だ。
 亜樹はどちらかと言うなら女子になつかれやすいが、涼香は男女関係なく気さくに声をかけられるし、側に居たくなる魅力的な人物だ。それなのに一切表情を変えずに側にも行かない光介は亜樹にとって奇妙な人間で、とりあえず真面目な人だ、程度の印象。
 その真面目さが面倒になっているとも言えるが。何度目かわからない微苦笑を亜樹は零した。
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 この部分は光介の描写でありながら涼香という友人について語っています。亜樹にとっては当たり前に、涼香という少女が魅力的であるという点を差し込むためです。客観的と言っていますがそういっているの亜樹ですしね。千切ってしまえなどとさっぱりしている割に友人のことをだいぶ持ち上げているというギャップ、またさきほどのそれだけでしかない光介のと対比です。
 それから亜樹の人間についても少し。ここは亜樹にとって堂でもいいのでさらっとで、また光介に話題を戻します。
 このままさくさく書いていきますね。

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 どうせやるなら光介よりも亜樹の方が器用だろう、というのは賢明さとかかる時間で成した判断だ。それがままならない事実がもどかしい。
 それでも最初に千切る、と言った失敗を取り消せるわけもなくその提案をし続けるしかないが、亜樹が短絡的に言い放たなければ光介も素直に亜樹に頼んだだろうという点で亜樹にしては珍しく後悔のようなどうしようもなさをくすぶらせている。
 確かに、長い髪を切るというのは短い髪の人間からすると案じるものかもしれない。しかし亜樹の髪は随分透いてあるし、そんなボタンに絡んだ程度どうでもいいのだ。そもそもコマ結びになったような髪は最終的に千切らなければならないだろうし、多少救出しても亜樹の髪はシルエットを変えない。神経質すぎる、というのが亜樹の正直な感情だ。
 普段物静かな分、馴染まない自己主張はもしかすると肯定した方がいいものかもしれない。しかし亜樹は光介の親でもなければ、友人というにも微妙な関係である。そんな義理などない。
 ボタンに髪が絡んだ光介は被害者で、千切った髪が残るのは気持ち悪いだろう、程度の予想はできる。千切ってから解くにしても、残る髪を思えば光介の選択はある意味自己防衛として正しい。
 そういう風に思考をしても、解ける時間は短くならないのだが。
 毛先が廻り、止まり、時折引き。果てがないような所作を、亜樹は眺めていた。光介の視線は、じっと亜樹の髪を見たまま変わらない。
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 最後の「廻り、止まり、時折引き。」は話題を少し動かす為のリズムです。前述も光介であり後述も光介のことを書きますが、前述は髪や状況をメインとした中での光介で、後述は亜樹から見た光介、とする為です。

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(ムキになってるのかなぁ)
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 そのためカッコ表記をします。会話を示す記号に近い思考で意識を亜樹の近くに運ぶためですね。

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 うまくいかないと逆に燃える、というのはあるらしい。しかしそういう発想は、光介には似合わないように思えた。光介をあまり知らない亜樹の勝手な印象なので実際どういう人間性かはわからないが、今の真剣な表情からそれらは読みとれない。
 表情の起伏が薄いというよりパターンに偏りがある、という印象の光介は、ひどくしかめた表情で髪とボタンを睨んでいる。
(人が良すぎる、のかな)
 お人好し、は亜樹がそれなりに受ける言葉だが、亜樹自身はそんな優しい人間ではなく、今他人にその評価を向けることは少しだけ奇妙で、しかし少し合っているようにも思えた。
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 亜樹とお人好しの言葉を結びつけ、そこからそうではないとするための話題でもありますね。さらっと亜樹のことは流しています。

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 亜樹がお人好しと言われるときは、たいてい笑顔でとりあえずなんとかしているだけでしかない。そう見える、程度の評価は薄っぺらい気もするのだが、目の前のいかめしい顔はそんな亜樹よりも相応しいよううに思えてしまった。堅物、という言葉が似合いそうな顔立ちは、それでも指先と相まってお人好し、だ。光介の伏せた顔をじっと見下ろす時間は亜樹にとって退屈で、だからこそその顔立ちをなぞるように眺める。
 光介の顔をこんなに観察することは無かった。おそらく一八〇を越えた身長は同学年の中では大きな体と言えるが、一七二センチである亜樹にとっては見るにそこまで困らない距離である。だから観察しなかったのはただ興味がなかったからで、このやっかいな機会がなければそもそもどうでもいい人の顔をじろじろ見る趣味自体もない。涼香のように表情や言葉が見ていて飽きない人間を亜樹は知らないから、暇があれば眺めるのは彼女の顔だ。
 改めて観察すると、光介の厳めしさは眉間の皺とむっつりと下がった口角からのものだと思われた。太い眉は意志の強さを思わせるが、その下にある切れ長の瞳は鋭さよりも物静かさに寄り添っている。真剣さは伝えても感情を伝えきれない黒い瞳は光介の声と同じ性質で、短い前髪の下でよく見える顔は余分どころかその大元すら伝えきらない。
 ぎゅ、と、眉間の皺が一等深くなる。
「ハサミがあればよかったんですけど」
 空気を吐き出して、亜樹は笑いを伝えた。ボタンから亜樹の顔に移った視線に、口角への意識を強めて笑みを深める。
「ソーイングセット、なんて持ってないんですよね。涼香との時間を減らしてしまって、すみません」
 光介の口角は、亜樹と逆にさらに引き結ばれる。光介が涼香との時間を重視していないことくらい、亜樹にはわかっている。涼香を重視しているのは亜樹で、それを光介が察したかどうかはわからない。
 髪を押さえる指が、シャツの皺を深める。
「……痛くないか」
 静かな低音。案じるというよりも淡泊で、しかし少し固い声質。じっと光介を見た亜樹は、なんとか瞳を微笑に歪める。
「平気ですよ」
 どうでもいい。そういう内心から、亜樹はそれ以上言葉を続けなかった。ありがとうだとかそういう雑談は不要で、必要なのは光介があきらめるきっかけだ。
 は、と、細く、光介が息を吐いた。
「痛かったら、言ってくれ」
 先ほどと同じような固い声で、光介が続ける。笑顔のまま光介を見る亜樹ではなくボタンに鋭い視線を向けた光介が、左手の親指で亜樹の髪を押さえ、右手の親指でボタンをひっかいた。ちり、と、少しだけ走った痛みを表情に乗せず見守った亜樹の瞳がまあるくなる。
「は、」
「……悪い」
 珍しく間の抜けた音を出した亜樹に、ひどく申し訳なさそうに光介が呟いた。信じられない、という音を吐き出しそうになった亜樹は、それを寸前で耐えた。大きな手で自身の口元を覆った亜樹は、かろうじて笑みの形を作っている口角すら間抜けに震えているのを握りつぶすように一度大きく呼吸をする。
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 ここまで書いといてなんですが、一部没になりますね。
 「絶対髪は手じゃほどききれないだろこれ」というのと「でも千切らないしな。切るならボタンかな」というのでボタンを千切らせたんですが、千切るためにやる所作でだいぶ髪絡まりひどくならないか? なるわ。となったので没です。じゃあどうするんだって話ですが、西之に持ってきてもらうにでもしましょうか。いけるいける。
 ちなみに名前は亜樹(あ行一番目)光介(か行の五番目)涼香(さ行の三番目)照信(た行の四番目)西之(な行の二番目)という非常にどうでもいい法則なのです。どうでもいい。

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 涼香《すずか》と照信《てるのぶ》、西之《にしゆき》の三人は行ってしまった。といっても、西之は鋏を買ってくるとのことで近くのコンビニに行っただけだから戻ってくるのだが。
 涼香については、照信と一緒に暇つぶしをしているだろう。照信にとっては願ってもない二人きりの時間でもあるので、そそくさと先を急いだのも分かる。
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 変更箇所は「三人は行ってしまった」の部分からですね。仕方ないことですが、西之が戻ってくることになったので光介の気持ちを分かっているかも知れないと言う描写ではなく照信を二人きりにして上げようって方向に見えてしまいます。こればかりは状況なので仕方ないですね。
 あ、あと、書きながら読み返して修正を何度もしますが、「短い否定に亜樹は微苦笑を重ねた」を「短い否定は相変わらずで、亜樹は微苦笑を重ねた」とまた改変しました。リズムがやはり早すぎるなというのがあったんですが、待っている状況になったのでまたちょっとテンポをゆるめてますね。ぐだぐだ。

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